第3話 新年に向けて
なんだ?
違和感とともにパチリと目が覚める。
4時? そのスマホ表示に見覚えが会った。相変わらず電波はない。
窓の外は暗くゴォゴォと風がうなっている。けれどもその風の音とは少し違う音が部屋の内側から聞こえた。なんとなく嫌な予感を覚えて振り返ると、真っ暗な室内の中央から声が聞こえた。
「お前は悪い子かね」
「いい子だ」
「……そうか、ならばよいだろう」
強烈な嫌な予感に、思わず反射的に答えた。なんだ? この感じ。
前にも同じようなことがあった気がする。デジャビュー? なんだか体が疲れ切っている。昨日の雪かきのせいか。もう一度寝直そうかと思ったが、妙に目が覚めていた。そういえばワジムはどうしたんだ。昨日いなかった。だから大変だったんだ。
次に起きた時には陽光が窓からキラキラと差し込んでいた。眩しい。
11時か。結構寝たな。起き上がろうとすると身体中からピキピキと悲鳴が上がった。筋肉痛……。痛い。ただずっと部屋にいるわけにもいかない。仕方なく着替えて階下に降りるとイリナが待ってて、近づいてきて太ももをつっついた。
「痛い痛いやめてまじて」
「ふふ、ごめんごめん。今日はどうする? 筋肉痛が大丈夫だったら少し散策しない? 雪が奇麗」
「すまないんだがな、パベルには今日も雪かきを頼みたいんだ」
申し訳なさそうにユレヒトおじさんに声をかけられる。
「昨日そんなに降りましたっけ?」
「イブの時ほどではないはずなんだが、何故か雪かきが終わらなくてね。今のところ資材は大丈夫だが、万一のことがあると困る。それにいざと言う時に入り口がないと難儀するからな」
「まあ、仕方がないですね。イリナごめん。明日こそ散策に行こう」
「仕方ないわね、約束よ」
指を切るとイリナはコーヒーを入れに行った。
少し足を止めていたせいでまた筋肉が固まったのか、足を動かすのに苦労する。そういえば騒がしい子供たちがいない。みんな外に遊びに行ったのかな?
イリナが焼いてくれたパンを食べて、ぼんやりジンジャーブレッドのカレンダーを見る。アイシングされたクッキーがカレンダーの数字になっていて、1日が過ぎるたびにクッキーは食べられ新年に近づく。
朝一番に起きてきた子供がクッキーを食べる権利を得る。俺も小さい頃はこのためにやたら早起きしたものだ。本当は硬すぎて全然美味しくないけど、勲章のように感じた。今日は26日だ。新年を迎えた2日目に俺らはここを引き払う予定。あとちょうど8日か。
筋肉痛で痛む重い体を動かして、雪かきがようやく完了したら時刻は3時を過ぎていた。作業の終わりを待ち構えていたイリナと腕を組んでコテージの周囲を回っていると、子ども達が集まって深刻な顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「あっパベル。実はこれ」
子供たちはスノーモービルを指す。どうやら遊んでいてスノーモービルのソリの先を割ってしまったらしい。その隣には大きな雪だるまが作られていた。
「スノーモービルの近くは危ないから遊んじゃダメって言われてただろ」
「つい夢中になって。ごめんなさい」
子ども達は不安そうにおどおど見上げる。でも放っておくわけにはいかない。雪山で動ける足は重要だ。困ったな。確か管理棟には事故に備えて予備のソリがあったはずだ。
結局子ども達は大人たちに叱られ、注意された。スノーモービルについてはコテージから管理棟に電話して、管理人さんに予備を持ってきてもらった。管理人さんは修理・交換もお手の物だ。
お礼に管理人をコテージに招きコーヒーを入れた。
「そういえばこの辺で私の手伝いを見なかったかい?」
「お手伝いさんですか?」
「そう、いつもクリスマスのプレゼントを配るのを手伝ってもらっていてね。でもクリスマスの日から行方知れずなんだ」
ユレヒトおじさんは心配そうに尋ねる。
「大丈夫なんですか?」
「まあ大丈夫だよ。雪だから動けないのかもしれないね。多分使われていないコテージか山小屋にでも泊まってるさ。ひょっとしたらまだクリスマスだと思っているのかもしれないね」
管理人さんは豊な白髭を撫でながら笑う。
「それじゃあ失礼した。この雪だ。何でも運んでも来れるから、いつでも連絡してください」
「ありがとうございます」
ユレヒトおじさんは玄関で頭を下げる。管理人さんは親切でいい人だ。
それにしても今日も疲れた。筋肉痛がなかなか治らない。ゆっくり風呂に入ろう。
みんなで夕食を食べて風呂に入ると、体はぐったりと弛緩して、なんとなく動きたくなかった。イリナは少し不満そうな顔をしていたけど、俺が疲れてるのは理解してくれている。お互い残念そうに見つめあっておやすみのキスをして、部屋に戻ってグラスに少しだけの酒を注ぐ。
なんとなく、この酒が習慣になってきた気はする。未成年だから本当は良くないんだろうけど、まあ誰も見ていない。そうしてぼんやり天井を見上げながらいつのまにか眠りについた。
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