第3話 聖女と肉まん

「マーク先輩~!」


 ルルリアが歓喜の声を上げながら僕に抱き着いてギュウギュウするので、色々当たっている。

 とくに大きな膨らみが。


「る、ルルリア、ちょっと落ち着こうか」

「うわぁ~ん、やっぱりマーク先輩だぁ~」


 ぐ、本格的に当たりまくっているから。

 しかし、彼女はつい先程まで、生死の局面に立たされていたのだから取り乱すのもしょうがないか。


 彼女は聖女ルルリアである。

 僕が追放された勇者パーティーの一員だ。


「マーク先輩に会えて良かったよぅ、グス」


 ルルリアの綺麗な翡翠色の瞳が涙で潤んでいた。

 彼女がなぜ1人で森にいたのかはわからない。聖女は支援メインの後衛職である。Aランクモンスターを1人で対応するには分が悪い。魔力も枯渇しているようだし、聖女の武器である聖杖せいじょうも持っていない。そんな状態でこの森に1人で入るのは無茶だ。


「ルルリア。とりあえず、この森を抜けよう。隣町にいかないと」


 いつのまにかお姫様抱っこ状態になっているルルリアの顔をみて僕は言った。

 しかし近いな…顔。


 あらためての感想だが、ルルリアは間違いなく美人である、というか美少女か。

 年齢は僕が19歳で彼女は2個下だから17歳か。

 白い法衣ごしでもわかる抜群のスタイルで、黄金色の長い髪から良いにおいがする。


「な、なんで勝手にどっか行っちゃうんですか…グス」


「え? そりゃだって、僕は勇者パーティーを追放されたからね」


「んん? ちょっと待ってください。追放って?」


「ええ? ルルリアも知ってのとおり、昨日僕は、勇者グリタスに解雇されたんだよ」


「あのウソつき勇者ぁ! 先輩が自分から去るなんておかしいと思ったのよ。もう完全に愛想がつきたわ。こうなったら、こっちにも考えがあるわよ…」


 どうした? ルルリアが僕の腕の中でなにかブツブツ言っている。


「ルルリア…まさか僕を追いかけて…」


 よく見ると彼女の手首には探索の魔道具であるチェーンがまかれていた。

 ルルリアは探索魔法は使えない。だから魔道具に頼ったのか。自分の適性とは違う魔道具を使用する場合、膨大な魔力を必要とする。魔力を枯渇するまで使用して僕を探していたのか?


 そうだとしたら…まったく、なんで僕なんかを追いかけたんだ。

 

 僕は自然とルルリアの頭を撫でていた。

 あっと、いつも妹にしているみたいに撫でてしまった。

 アカデミー時代にはたまにやってしまっていたが、勇者パーティーに入ってからは一切やってなかったな。


「ひやっ」


 ルルリアがビクッとして声をだした。


「あっと、ごめん。嫌だったか? もうしないよ」


 そりゃそうだな。こんなパッとしない男からいきなり触られたら嫌だろう。いかんな配慮が足りなかった。


「えっと…イヤじゃないです…」


「ん?」


「い、イヤじゃないから! 好きな時にやって大丈夫だから! というか私が望むときにやって欲しいです!」


「お、おう…」


 なんか、圧がすごい…


 それはさておき、そろそろおろしていいですか? 

 いつまでも聖女様をお姫様抱っこというのはまずいだろう。

 彼女の目を見ておろそうとすると、めちゃくちゃルルリアにキッてされた。


 あ、はい。このままだっこしてます…

 まあしゃ~ないか。

 そしてルルリアは数分後には、僕の腕の中で寝息をたてていた。

 おろすにおろせなくなってしまった僕は、そのまま森を突き進むのであった。




 ◇◇◇




 ルルリアをお姫様抱っこして歩くこと数時間。ぐっすり寝ていた聖女様が起きられた。


「ふにゃ! マ~ク先輩っ! わたし寝てました!?」


「うん、ぐっすりと」


「うわ~。せっかくのだっこタイムを寝るとか~一生の不覚ぅうう。なんで起こしてくれないんですか!」


 あんな天使の寝顔な美少女を叩き起こすとかあり得ないですよ。

 ちょっと不用心すぎて心配にはなるが。


「わかりました! でも今から挽回タイムです! 期待してくださいね!」


 よくわからない宣言をした彼女は白い法衣の中に手を突っ込んでゴソゴソしはじめる。丁度大きな2つの膨らみの隙間あたりを。

 え? なに? なに? なにやってんの? あなたは聖女だからね!?


「じゃーん! マーク先輩の大好物! 肉まんです!」


「おお! それ限定のやつ!」

 ルルリアがお姫様抱っこ状態から取り出した肉まんに思わず興奮してしまった。


「おお…これは…」


 これはすごい、今すぐ食べたい。早急に。

 しかし僕は現在ルルリアをお姫様抱っこしている。つまり両手がふさがっているのだ。

 う~ん、どうしよう。


「ふふふ~はい、あ~ん」


 ルルリアが食べさせてくれてた。

 うま~。


 懐かしいな、アカデミー時代はよく買ってきてくれてたな。満面の笑みで。

 アカデミーにいた頃は、限定商品とかほとんどルルリアが買ってきてくれたような気がする。


 勇者パーティーに入ってからはそんなこともしなくなったが。まあ原因はわかっている。

 勇者グリタスがいい顔をしないのだ。僕と彼女が仲良くすると露骨に舌打ちしたり、僕をよくわからないお使いに行かせたりする。おそらくグリタスはルルリアに好意があるのだろう。


 だがグリタスはパーティーリーダーだ。支援職の僕としてはパーティー全体の調和を乱すわけにはいかない。それに聖女ルルリアに迷惑がかかるのは本意ではないので、それとなく僕が彼女と距離を取るようになった。


「ルルリアも食べないとね。まだ町まで少しかかるよ」


「でも…これ1個しかないんです。人気で買えなくて…」


 なるほど、これは感激である。限定ブタニク使用の肉まんだ。ものすごい人気らしいからな。たぶん行列に並んでくれたんだろう。


「じゃあ半分こにしようか」


 そう言うとルルリアは若干頬を赤めて、勢いよく肉まんをパクりといった。僕のかじった部分に…


「いやん、マーク先輩の味がするぅ」


 僕の味ってなんだ。


「いやいや、普通半分に割らない?」


 僕のかじった部分とか絶対嫌だと思う。特に女性は。


「え? そんなもったいないことするわけないですよ? 肉まんはこの丸い形で完成形なんだって、先輩は常日頃言ってますよね。それを割るとか言語道断ですよ。それに間接キス的なご褒美が失われるし」


「お、おう…」


 常日頃って…よくそんなこと覚えているなぁ。後半不穏な単語も聞こえたけど、まあ本人がいいなら良しとしよう。


 そんなやり取りをしながら、僕らは次の町へ急ぐのであった。

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