第32話 『 シエスタの好奇心とリアンの苦悩 』


「ほらほら。早く倒さないとまた僕が倒しちゃいますよー」

「調子に乗ってんじゃねえぞガキィィ――――――――ッ!」


 アノンの挑発にされて、それまで逃げ惑っていたならず者たちは武器を手に取ってモンスターに立ち向かっていく。


 相変わらず攻撃はまともに通っていないが、それでもじわじわとモンスターのHPを削り取っていく。


 ようやく蛮族らしい戦いを魅せるようになったならず者たちを苦笑しながら見届けて、シエスタは弟に向かって旗を振るバカ姉の所へ向かう。


「フレッフレッ、アノン! ガンバレガンバレ、アノンッ!」

「ちょっとそこの過保護者。聞きたいことがあるんだけど」

「きゃ~~~~っ! 流石は私の弟! 一挙手一投足が素敵だわ! ぐへへへ。ぐへへ」

「ちょっとそこの過保護者変態ブラコン。聞きたいことあるんだけど!」


 こめかみに血管を浮き上がらせながら吠えれば、おそらくは最初から気付いていたであろうブラコン――リアンがやっと不服そうな顔を向けながら「何よ」と視線をくれた。


「アナタの弟くんについて聞きたいんだけど」

「強い。可愛い。人類最強。以上」

「そんな検索ワードみたいなやつじゃなくて! もっと明確に説明して欲しいんだけど!」


 地団太を踏みながら懇願すれば、やはりリアンは不服気な顔のまま。

 それからリアンは掲げていた旗を一度下ろすと、やれやれ、といった風に嘆息。


「あまりあの子に関する情報を他人に与えたくはないのよね」

「弟くん本人に聞こうとしたけど、お姉ちゃんセキュリティのせいで何も聞けなかったのよ」

「私は別にアノンに何も言うなとは言ってませーん」


 つん、とした声音でそう言ったリアンに、シエスタは大仰に息を吐きながら肩を落とす。


「ならもう一度弟くんに聞くわ」

「それはダメ」

「じゃあどうしろって言うのよ⁉」


 どう探ろうとしても八方塞がりで癇癪を起せば、リアンは「仕方ないわねぇ」と渋々といった表情を魅せながら、


「少しだけなら教えてあげても……ほんと一ミリくらいなら教えてあげてもいいわ」

「どんだけ弟のことを知られたくないのよアナタは」

「弟のプライベートに足を踏み入っていいのは姉である私だけだからねっ」


 黒髪を靡かせながら堂々とブラコン発言する姉に辟易しつつ、シエスタは「ほら」と手を叩いて促す。


「なら少しでいいから、弟くんのあの強さの秘密を教えて頂戴」

「アノンが強いのは私の弟だからに決まってるでしょ」

「そうじゃなくて、もっと具体的に!」

「知りたいならアノンから直接ステータス見せてもらえばいいじゃない」

「そうしようと思ったけど、弟くんから「姉さんから許可が出ない限り人には見せられない」って言われちゃったのよ」


 とにかくアノンの行動には姉であるリアンの許可が必要ならしい。


 そこまで厳重に弟の秘密を守ろうとする姉も異質だが、それに疑問を持たずさも当たり前のように実行する弟はもっと不気味だった。


 この姉弟は本当に異常だ、改めて理解させられながら、シエスタは依然として難色を示すリアンに意識を傾ける。


「教えると言ってもねぇ。私、子どもの頃に、アナタとレオには一度アノンの事情を話してるじゃない」

「……アレ・・と強さが関係あるの?」


 わずかに声音を落とせば、瞬間。リアンの表情から笑みが消える。


 それは、たしかシエスタとリアンがまだ九の歳の時だったか。


 幼かった頃からお互い王族と貴族の娘ということもあり、周囲の子どもよりは大人びていた。けれどやはりまだ子どもで――否、子どもだから、というよりも、あの場合においては現実に耐え切れなくなった方が近いのだろう。


 グレアス家と、九代目国王・ヴォルフ=グレアの側近が闇に葬った事実を、リアンは一人では抱えきれずにシエスタとレオに吐露してしまったのだ。


「弟くんがずっと〝王城の地下牢〟にいたことはアナタから聞いてる。アナタが弟くんをそこから解放するためにレベルを上げていたことも」

「そうね。このレベルは、あの子をあの地獄から連れ出す為に上げたものだもの」

「でも、あそこで、弟くんが何をされていたのか、それはまだ聞いてないわ」

 

 数年越しに真実に触れようとした刹那。リアンの顔がこれまでに見たこともないほどに歪んだ。


 腹の底から憎悪に駆られるような、目の前で大切な者を殺されたような、そんな悲壮と憤怒がごちゃ混ぜになったような顔。


「言える訳ないでしょ。あんな反吐が出るような過去」

「――っ」


 その過去に踏み込むのは簡単だ。でも、踏み込んだが最後、きっとリアンとの関係が絶える。


 それを引き換えに過去に触れるのは、シエスタにはできなくて。


「分かったもう聞かないわ」

「知りたいんじゃないの」

「リアンの苦しむ顔を見てまで、弟くんのことを知るつもりはないわ」


 弟かリアンかを天秤に掛ければ、シエスタのそれは後者に傾く。


 シエスタの守るべきは王族。そして、王族であり時期王女でもあり、そして無二の友人であるリアンなのだ。


 彼女を守るのが騎士の義務であり、シエスタが一番目プラチナになった理由だから。

 だからこれ以上の話はしない、そう思ったが、


「あの子の秘密はあの子から聞けばいい。ただ、私からシエスタに言えることが一つある」

「――え?」


 唐突に語り始めるリアンに、シエスタは瞠目。

 そんなシエスタを一瞥すると、リアンは視線を愛しの弟に移しながら言った。


「アノンは昔から、あのクソみたいな空間のせいで遊び相手がいなかった」

「――――」

「そんなあの子の遊び相手になっていたのは、あれよ」

「あれ?」


 リアンが差した指先を目で追えば、そこにはアノンとならず者と戯れるモンスターがいた。


自分の命を奪いにきたのに、皮肉にもそれはアノンの遊び相手になってしまった」

「ちょっと待って」


 リアンの言葉に、シエスタは声を震わせる。


 おそらく。この推測が正しければ、アノンの遊び相手は――背筋どころか全身のうぶ毛が残らず立つような恐怖の権化だ。


 たった五つ程度の歳の子が、それと戯れれば結果なんてものは容易に想像できる。跡形もなくなって、辺りに血の海ができあがるだけ。


 およそ肯定しがたい想像に、しかしリアンはその声音に怒りを孕ませて、


「アノンは物心つく前から、ずっと地下牢あそこでモンスターと戦ってたの」


 それが事実であるというのは、リアンの表情と声で否応なく理解できてしまった。

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