第31話 『 死神の戯れ 』


 ――その後も、アノンの蹂躙が続く。


「ガァァァァァ!」


 次に放たれたモンスターは、四足歩行の『キングレオ』という大型肉食獣だった。


 非常に攻撃的な性格と剛毛なタテガミが特徴的で、動きは先のグラトニスオオドラゴより俊敏。足先に伸びる爪は木を軽く抉り、口に生える牙は容易く胴体に穴を空ける。


 Lvは65。先のオオドラゴより僅かに高いだけだが、しかしモンスターにとってそのレベルの差は大きい。


「あれの相手は絶対死ぬぅぅぅぅぅぅ!」


 キングレオのレベルを確認するや否や、ならず者全員が逃げ惑う。しかし、ここは檻の中。キングレオにとってはこれ以上の狩場はなく、その俊敏性を遺憾なく発揮してならず者たちを追い詰めていく。


「弱い者いじめはしちゃダメだよ」


 逃げ惑うならず者たちを玩具として見ているキングレオに叱るように言ったのは、強者よりも遙かに小さな少年――アノンだ。


「ほら、追いかけるなら僕にしな」

「――ッ⁉ ガアアアアア!」


 本能で己が愚弄されたのだと理解したキングレオは、獰猛な牙を余すことなく見せて咆哮する。


 標的を完全にならず者からアノンへと変えて大地を駆れば、アノンもまた、それに応えるように大地を蹴る。


「あはは。こうしてると昔を思い出すなぁ」


 遊び相手がいなかった頃を思い出して、アノンは思い出し笑う。


「僕も、昔はすぐ殺しちゃうのが勿体なくて、こうやって追いかけっこしてたっけ」

「ガルゥゥゥ!」

「おっと危ない。流石にオオドラゴより足が速いね。そう来なくっちゃ」


 一気に距離を詰めたキングレオが前足を振るってアノンを引き裂こうとするも、それをいとも容易く回避する。


「次は僕の番!」


 避けた勢いで数秒宙に舞う体が、土煙を起こしながら着地していく。


 その隙を見逃すはずもないキングレオは咆哮と共に更なる追撃に出るも――その瞬間に脇腹が甘くなることをアノンも見逃さない。


「よいせっと!」

「グルァァァ⁉」


 空いた脇腹めがけてメイスを振れば、爪がアノンに届く直前でキングレオの体が吹っ飛ぶ。


「うん。やっぱこのくらい大きいと一撃じゃ殺れないか。やっぱ当てるなら脳天だよなー」


 崩れた体制を整えるキングレオと、メイスを握り直すアノンの視線が交差する。


「――ガアッ!」

「――行くよ!」


 笑顔を魅せるアノンに、キングレオは咆哮を上げ吶喊する。


 真っ向勝負。


 けれど、勝敗などは既に決しているということは、キングレオは知らない。


「――ッッ!」


 キングレオが再び猛撃を振るう瞬間。アノンは自分と相手の対格差を利用してその巨体に滑り込む。


 キングレオからすればアノンが消えたと錯覚に陥り、標的を見失ったことに混乱する。


 その顔が後ろに回った直後――視界に黒い塊が飛び込んでくる。


「ほいっ」

「――ブルウアァ⁉」


 キングレオの背後を取っていたアノンが、容赦なくメイスをキングレオの顔面に振るう。

 一撃をもろに食らってよろけた隙に、さらに反対側に一発。そしてもう一発叩き込む。


「やっぱこれいいなぁ。既に似た物も持ってるけど、予備に欲しいなぁ」

「ガウッ⁉ グラァウ⁉ ブルラァ⁉


 何発も何発も、顔面に鉄の塊をぶつけながら、アノンは己の手に持つメイスに陶然とする。


 今、ならず者たちに映るのは、小さな男の子が一方的に相手を嬲り殺している異質な光景。それだというのに、アノンはキングレオに対して同情もなければ、無感情で命を削り取っていく。


 地面に飛びつく真っ赤な血が、その非情さを物語らせる。


 ――やがて、ドシン、と大きな物音が立った。


「あ、死んじゃった」


 己の視線の下に倒れた亡骸に、アノンは残念そうに呟く。


 圧倒というより、勝負にすらならなかった一戦。


 それを目の辺りにしたならず者たちは、もはやアノンをただの少年とは認識できなくなっていた。


 返り血に染まり、狂気の灯る真紅の瞳はまさしく――『死神』と呼ぶに相応しく。


「いい事思いついた」


 その死神が無邪気な笑みを浮かべると、ならず者たちに視線を送った。


「残りも全部僕が片づければ、貴方たちはまた牢獄に逆戻りなんですよね」


 アノンからすれば、その事実は好都合だった。


 だって、世界で一番敬愛している姉に、この薄汚い連中は分不相応にもほどがあるから。


 だから、


「貴方たちには一匹も殺させない。全部僕が殺して、そして貴方たちも牢屋に戻してあげます」


 ニコッ、と笑みを浮かべながらそう言えば、ならず者たちは――


「「舐めんじゃねえぞクソガキィィィ――――――――――――ッ⁉」」


 逃げ惑っていたならず者たちは、アノンの宣言に怒号しながら武器を取るのだった。

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