第30話 『 重力+重力+腕力 』


「ちょっと肉団子! アンタこの中じゃ一番レベル高いんでしょ! だったらアイツなんとかしなさいよ!」

「無茶言うな! アイツの【Lv67】だぞ⁉」

「アンタ【Lv73】でしょうが!」


 だからイケる! とピンク髪の少女――プリムが言うも、しかしガエンは首を横に振った。


「モンスターと人間の【Lv】は同等じゃねえんだよ! あっぶね⁉」

「ひやあ⁉ そんなの知ってるっての! でもこの中で唯一あれに勝てそうなのだがアンタしかいないって言ってるんでしょうが!」

「ムリムリムリムリムリ!」


 あの巨体で【Lv67】となれば、おそらく一番目プラチナでも苦戦する厄介さだ。


【Lv】はたしかに強さの証明ではあるが、そこに至るまでの過程も当然『経験値』として反映されるのだ。


 鍛練と研鑽を積んだ騎士でさえも苦戦するモンスターだと言うのに、ただ暇つぶし程度に【Lv】上げしていたガエンが到底敵うはずもない。


「そのレベルは見せかけか!」

「見せかけで悪かったな! でもステータスは結構高いぞお?」

「今自慢するくらいなら戦えや!」

「ムリムリムリムリムリムリ!」


 全力で逃げながら、ガエンとプリムはお互いを罵り合う。


「くっそ! 逃げても埒があかねぇ! こうなったら……」


 鋭利な爪の攻撃をなんとか躱し続けるならず者たちは、生唾を飲み込むと広場中央に無造作に置かれていた武器を掴んだ。


「とにかくこれで、少しでも削ってやりゃいいんだろ!」

「馬鹿ッ! せめて敵の体力が尽きてからに……」

「「おりゃあああ!」」


 ガエンの忠告も聞かず、ならず者たちは束になって手にした武器で攻撃する。


「グルゥゥゥゥ?」

「――な」


 しかし、全ての攻撃はグラトニスオオドラゴに届くことはなかった。


「グアアアアアアア!」

「「ぎゃあああああああああああ⁉」」


 呆気に取られるならず者たちに、オオドラゴは苛立ったように咆哮。

 大きな尻尾が風を殴ると、そのままならず者たちを一掃するが如く薙ぎ払った。


「だから言っただろ!」

「ちょ、肉団子⁉」

「肉団子じゃねえ! ガエンだ!」


 倒れ伏すならず者の一人に滴った涎が落ちる光景をプリムはただ茫然と眺めていると、一緒に逃げていたガエンが突然飛び出した。


 あれだけ無謀と言っていた本人が、自ら死線に飛び出したのだ。


「お前らはクソ野郎どもだが、けど同じ監獄にぶち込まれた仲間だからな。見捨てる訳にはいかねえだろ!」


 愛着……というより同情心で動くガエンに、アノンは思わず胸裏で『ちゃんと仲間意識はあるんだ』と感心してしまった。


 そんな感想を呟くのと同時に、ガエンが滑り込むようにオオドラゴの股下を潜り抜け、そして武器を掴み取った。


「おっも! なんだこれ⁉ ああもう最悪だ⁉」


 選ぶ暇などない中でガエンが掴み取ったのは、ひたすらに重量で敵を潰すことのみを意識した棍棒メイスだった。


「あ、使いやすそう」

「つっかいづれええ!」


 アノンとガエン。それぞれ真逆の感想を吐く。


「その足どけろおおおおお!」


 両腕の筋肉を余すことなく使って、ガエンはメイスを振り回す。扱い慣れていないというのもあるだろうが、それにしても大雑把すぎる。


 けれど付け焼刃の一撃は、グラトニスオオドラゴをどかせるには十分だった。


「――ッッ! ……グルゥゥゥゥ」

「ちっくしょ。今の一撃で倒れないとかやっぱ硬すぎだろ」


 与えたダメージはわずかだということは、さらに怒りのボルテージを上げたオオドラゴを見れば分かる。


 太い二足の足で大地を踏み潰して、オオドラゴは裂帛のような呼気を吐くと再び吶喊する。


 ただしその方向は男たちにではなく――


「――え?」


 一人孤立した少女に向かって行進されていた。


「――っ⁉ 逃げろプリム!」


 一瞬遅れて状況に気付いたガエンが、プリムに向かって叫ぶ。

 しかし、そのプリムは、己に訪れる濃密な死の感覚に動けなくなっていた。


「――ひっ⁉」


 猛スピードで吶喊するオオドラゴとプリムの距離が急速に縮まっていく。


 慌ててガエンたちが走り出すも、到底間に合う距離ではない。周囲も把握せずに無理やりにどかしたせいで、オオドラゴとプリムの距離が図らずも縮まってしまっていたのだ。


「バフで距離を……」

「貴方のバフだと間に合わないよ」

「は?」


 ガエンが目を開いたのは、いつの間にかアノンが隣で走っていたからだった。

 唖然とするガエン。そんな巨漢男を無視して、アノンは視線をわずかに下げると、


「これ、借りますね」

「――なっ⁉ おい、何すんだガキ⁉」


 ガエンの問いかけに答えず、アノンは奪い取ったメイスを利き手に持ち替えて地面を蹴る。


「な、なんだあの速さは⁉」


 ガエンたちが驚愕する。


 大地を駆るアノン。それはまるで、空中を飛んでいるかのようだった。


 鈍重なメイスを持ちながらも、その重さをまるで感じさせないアノンの走り。


 俊足と呼ぶに相応しい速度で瞬く間にオオドラゴとの距離を詰めたアノンは、手にしていたメイスを一度空に向かって投げる。


「ふっ」


 足にぐっと力を籠め、わずかに身を低くする。そして足に溜め込んだ力を開放すれば、地面を抉ってアノンは跳躍した。


「狙うは脳天」


 一瞬だけ宙に制止するメイスを握り、アノンはしっかりとグラトニスの頭部を捉える。


「一発で仕留めてあげるよ!」


 降下分の重力をメイスに乗せて、アノンはオオドラゴの頭部に一撃を浴びせる。


 メイスの重量+重力+腕力。その全てが込められた一撃が、綺麗にオオドラゴの脳天に入った。


 そのあまりの威力に周囲に暴風が流れ、粉塵が上がる。雷にも似た轟音に、森に潜んでいた鳥たちが一斉に飛び立った。


「カッ、ガァァァァ」


 ズドン、と大きな音を立てながら倒れるオオドラゴの後に、静寂が降りる。


 宣言通り一撃でグラトニスオオドラゴを倒してみせたアノンは、額にわずかに浮かんだ汗を拭うと、


「よし。これで入団テストはクリアだ!」


 そんな嬉しさに笑みをこぼすアノンを、ならず者とシエスタは開いた口も塞がらずに見ていて――姉のリアンは「流石私の弟ね!」と自慢げに胸を張るのだった。

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