第29話 『 底知れぬ実力と死神の観察 』


「その子の名前は『グラトニスオオドラゴ』。西諸国の砂漠地帯に多く生息するんだけど、ご覧の通り性格は凶暴で、視界に映る自分より小さな生き物は大抵食料だと思って襲ってくるの。全長は最大で五メートルくらいらしいわよ。あ、その子の全長は四メートルあるわ」

「呑気に説明してんじゃねえ⁉」


 檻の外からグラトニスオオドラゴの説明をするシエスタに、ガエンたちが逃げ回りながら叫ぶ。


「クッソ騎士が! こんなものとどうやって戦えってんだ⁉」

「ちゃんと武器は支給したでしょー。その中から好きなの使っていいから、早く倒しなさいな。そうじゃないと、誰か食べられちゃうぞー」

「こんな武器があんなバケモンに効くわけねえだろ⁉」

「できるできる~。高レベルなんだからそれくらい余裕でしょ~」

「いつかぶっ殺してやるからなこのクソ騎士ぃぃ⁉」


 ふぁぁ、と欠伸をかきながら適当に返すシエスタに、ガエンは襲いかかる爪を避けながら怒りをぶつける。筋肉質で屈強な体躯に反して器用なようで、アノンは「やるね」と口笛を鳴らす。


「人の話をちゃんと聞かないからこうなるのよ」

「あはは。本当にその通りですよね」

 逃げ惑うならず者たちを傍観しながら、アノンはため息を吐くシエスタに同意する。

「弟くんは行かなくていいの?」

「はい。今は様子見の時間です」


 ふーん、とシエスタが鼻息を吐く。

 それから、檻を挟んでダークブラウンの瞳が問いかけてくる。


「それは、どっちのかしら?」

「……どっちもですよ」


 好奇心を孕ませる声音に、アノンは澄ました顔で答える。

 そんなアノンの答えに、シエスタはふふ、と微笑を浮かべると、


「今日は、少しくらいは弟くんの実力が見れそうかしら」

「僕はいつも全力ですよ」


 そう言えば、シエスタは「それはどうかしら」と双眸を細める。


「その全力は、相手を殺さないのが前提の全力じゃなくて?」


 どうやら彼女も相当洞察力が鋭いようで、アノンは思わず笑ってしまう。


「そうですね。姉さんから戦う時は「殺さない程度に全力でやりなさい」って言われてますから」

「なら、相手が人じゃなくてモンスターの時は、全力を出していい、ってことよね?」

「シエスタさんは、僕の全力が見たいんですか?」


 檻越しに真紅の瞳がそう問いかければ、一番目プラチナは「えぇ」と首肯した。


「一度弟くんと剣を交えた時、底知れない力を感じた。私は、それが見てみたい」

「それを見せていいか判断するのは僕じゃないです」


 アノンが全力を出すか否か、その決定権は全て姉であるリアンにある。


「なら……」

「姉さんに交渉しても無理だと思いますよ」


 シエスタの思考を読み取って先に言い切れば、彼女は不服そうに口を尖らせた。


「なんで言い切れるの?」

「姉さんは全力を出した時の僕があまり好きじゃないんです」

「? どうして?」

「その時の僕が怖いから、だそうです」


 答えれば、シエスタは黙ってしまった。


「姉さんは可愛い僕が好きで、ずっとそうでいて欲しいらしいみたいです。だから本気は出しません」

「……そう」


 何か言いかけて、けれど言葉を飲み込んだシエスタ。

 それを一瞥して、アノンは檻に掛けていた背を離すと、


「でも、今日は姉さんが応援に来てくれてお弁当まで作ってくれたので、それに報いるために頑張ります」


 見れば、愛しの姉は手製の旗を掲げながら「アノン頑張ってー!」と応援してくれていた。


 ならば、そんな愛しの姉の声援に応える方法は一つだけだろう。


「この入団テスト。僕が一番最初にクリアさせてもらう」


 そうすればきっと、姉さんは褒めてくれるだろうから。

 アノンにとって、姉に褒められる以外の賞賛は何もない。

 そして今日は、それを得られるまたとない好機だ。


「さてと……久しぶりのモンスター対峙だけど、ちょっと楽しくなってきたな」


 高揚していく胸に急かされるように、アノンは舌を舐めずさる。


 そして遂に――『死神』は動き出したのだった。

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