第28話 『 開始のゴングと絶叫 』


 リアンからの許可も出たことで、アノンとならず者たちは共に入団テストを受けることになった。


 そして現在、アノンたちは試験会場である檻の中にいた。


「つーか、ずっと疑問に思ってたんだけどよ……」

「うんしょ、よいしょっと」

「お前も一緒に受けるのか?」

「……ふぅ。準備運動はこのくらいで十分かな」

「ってうおおおい! 無視してんじゃねえよガキ⁉」


 突然吠えた巨漢男――ガエンに、アノンは耳を塞ぎながら、


「いきなり大声で叫ばないでもらえますか。鼓膜が破れてしまうので」

「そんな簡単に破れる訳ねえだろ!」

「ふぅ。やっぱりもう少し準備運動しておこ」

「おおおおい⁉ ツッコんだのに無視すんな⁉」


 五月蠅いなぁ、と嫌悪感を隠しもせず、アノンはガエンを睨む。


「僕、貴方とは初対面ですけど既に嫌いなので」


 そう言えば、ガエンは「ハッ」と失笑した。


「そりゃそうだろ。俺たちみたいな悪者は誰にも好かれねぇ。特に、世間知らずな坊ちゃんにはな」

「姉さーん。僕、頑張るからねー」

「だから人の話を聞けよ⁉」


 何なんだコイツ、と呆れられたような視線を向けられるも、それを気にすることはない。

 手を振れば「頑張ってー!」と手を振り返してくれる姉に微笑んでいると、


「あはは! こんな子どもに手玉取られてるとか、超ウケるんですけど!」


 ピンクの髪の少女がお腹を抱えながら盛大に嘲笑っていた。


「んだとコラッ! お前だってこのガキと見た目大して変わんねえだろ!」

「全然違いますぅ。私の方が背高いですぅ」

「胸は絶壁じゃねえか」

「絶壁じゃねえ! ちゃんとあるわ! あーやだやだ。これだから男ってやつは。デカイ胸にしか興味ないなら牛の乳でも揉んでろ!」

「おめえの胸揉むよりはマシだな。ブハハハッ!」

「クソ肉団子野郎がぁぁぁぁぁぁ!」

「クソガキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 なんか少女と巨漢男の喧嘩が始まった。


 それを周囲は止めもしないどころかゲラゲラと下品に笑いながら傍観しているのだから、おそらくこの光景は彼らにとって日常茶飯事なのだろう。


 やはり下衆な奴らだ、と改めてならず者たちが蛮族であるか理解すると、アノンは大きなため息を吐いた。


「ほらー。そこ、テスト始める前に体力使い切るなよ~?」

「ぜぇぜぇ……こんなんでバテる訳ねえだろ」

「はぁはぁ。舐めんじゃないわよクソ騎士様」

「いや二人とも既にヘトヘトじゃん」


 荒い息を繰り返す二人に、アノンは苦笑しながら嘆息した。


 そんな血の気の多い二人がまた喧嘩を再開させているのを無視すれば、代わりに視線は手を叩くシエスタに向かった。


「はいはーい。今からさらっとテスト内容のおさらいするから、全員こっち向いてー」

「ほんらろひふようらいらろ」

「何言ってるか分からないわよ」


 少女に頬を抓られているガエンは力づくで少女の腕を振りほどくと、


「そんなのもう既に聞いてるだろ」

「まそうなんだけどねー。でも、万が一死なれて監督現場不行届きとか言われたら嫌だし」

「ハッ。要らねえって言ってるだろ」


 シエスタの親切心を嚙み砕いてガエンが言った。


「あれだろ。今から放たれるモンスターを倒せば、俺たちは晴れて犯罪者から騎士になれんだろ?」

「えぇ。その解釈で正しいわ」


 だけど、とシエスタは一度間を置くと、


「そのモンスターについて、今更教えることは誠に卑怯だとは思うけど説明しようかな、って」

「必要ねえよ。どうせ少しレベルが高いだけだろ」

「いや、うん。まぁそうなんだけどね。ただそのレベルに問題があって……」


 何か大切な事を伝えようとするシエスタ。しかし、それをガエンが野太い声で遮る。


「いいからさっさと始めようぜ! 全部ぶっ殺して、そんでもって俺ら犯罪者全員騎士に成り上がりだ!」

「「おー!」」


 ガエンの雄叫びに、他のならず者たちも声を上げて応じる。


「はぁ。だからならず者の相手は嫌なんだよ」


 まるで話を聞くつもりがないガエンたちに、シエスタは辟易した風にため息をこぼす。

 それから額に手をあてるシエスタは「分かった」と前置きすると、


「それだけやる気があるなら、これ以上無駄に開始時刻を遅らせるのは無粋ね」

「ははっ。分かってんじゃねえか騎士様。どんとこいや!」


 バシンッ、と強く拳を叩くガエンに続くように、ならず者たちも首の骨を鳴らす。

 既に全員臨戦態勢を取っているならず者たちを見ていると、シエスタが謝ってきた。


「弟くんごめんねぇ。もう一度説明させてあげたかったんだけど」

「平気ですよ。内容は既に一度、姉さんから聞いてますし」

「あはは。リアン。かなり怒ってたでしょ?」

「説明しながら発狂してました」

「殺されなくてよかったぁ」


 心底安堵するシエスタに、アノンは「あはは」と苦笑。


「……ちなみに、この人たちは知ってるんですか? これから戦うモンスターについて」

「ざっくりと説明はしたわ!」


 それはマズいのでは? と頬を引きつらせる。


 一応、彼らもこの入団テストがとあるモンスターを倒すことは理解しているようだ。ただ、それがどんな生体なのかは詳細は知らないらしい。


「でもきっと大丈夫! 本人たちもやる気はあるみたいだし! それに死んでも問題ないから!」

「それって騎士が言っていいやつ何ですかね?」


 このテストの内容もぶっ飛んでいると思ったが、目の前にいる騎士も相当頭がぶっ飛んでいた。、まぁ、このテスト内容を立案したのが彼女なのだから、頭がぶっ飛んでいて当然なのだろう。


 そうしてシエスタと雑談していると、


「おーい! 何べらべらと喋ってんだ! せっかく温まった体が鈍っちまう。早くモンスター入れろー!」

「はいはい。分かってるわよ。たくっ。本当に気性が荒い集団ね」


 ガエンに催促されて、シエスタは舌打ち。


「それじゃあテスト始めるけど、頑張ってね、弟くん」

「はい。姉さんも見てますし、カッコいいところみせないとっ」

「ふふ。その意気よ」


 見れば、離れた場所からまだ姉が手を振ってくれていた。それがアノンに勇気をくれて、自然とやる気も上がってくる。


「よしっ。姉さんの為にも、絶対にテストに受からなきゃ」


 両脇をぐっと引き締めれば、ついにその時は訪れる。


「ではこれより、0番隊入試特別試験を始める!」


 先程の朗らかな声とがらりと変わって、語気を強めたシエスタの掛け声が会場に響く。

 それと同時、アノンたちから最も離れた場所に位置する檻が少しずつ開かれていった。


「へへ。おいお前ら。誰が一番最初にモンスターを狩るか競争しようぜ」


 その間際。ガエンが下らない賭けを提案した。そして、彼らはその賭けに何の躊躇もなく乗る。


「いいぜ。一番最初に抜けた奴には金貨十枚な」

「いや酒だろ」

「いや女だろ」

「私は金が一番欲しい!」


 まだ余裕の表情を見せるガエンたち。

 しかし、その表情は少しずつ、曇り始めていった。

 それは何故か――


「言い忘れてたっていうか、アンタたちが遮ったせいで言えなかったんだけど、やっぱり教えておくわね」

「んだよ今更」


 シエスタの声に不快感を露わにするならず者たちだが、それに構わずシエスタは続けた。


「今から解き放たれるモンスターは、我らが国王様が外交でお土産としてもらったものなんだけど……」

「おい」

「けどその全部がすこーし気性が荒くて、国王様はこんなの飼えないと放置してしまったの」

「おいおい……」


 シエスタの説明が続く最中で、さっきまであれほど威勢を放っていたならず者たちが頬を引きつらせていく。


「今回の入団テストは、そんな国では飼えなくなってしまった怪物モンスターを倒すのが内容」

「冗談だろ……っ」


 暗闇から、それは少しずつ全体が露わになっていく。


「ま、とにかく頑張って! そしたら人生一発逆転よ!」

「モンスターっていうよりこれは……」


 やがて巨大な足音を鳴らしながら檻の中に入ってきたのは――


「グルゥアアア――――――――――ッッ!」

「「化け物じゃねえかああああああああああああああああ⁉」」


 巨大なオオトカゲの咆哮とならず者たちの絶叫をゴングに――グレアスフォール騎士団0番隊特別入隊試験は幕が上がった。

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