第27話 『 ご立腹の姉とならず者 』


「よし。処刑!」

「姉さん待って⁉ カンザシ閉まって⁉」


 シエスタの胸倉を掴み、カンザシの柄を握るリアン。

 友人の首を今にも斬らんとする姉を、アノンは慌てて止めた。


「止めないでアノン! この女はほんとっ……一回天国に送るべきよ!」

「送ったら戻ってこれなくなるから! 姉さん捕まっちゃうから!」

「そんなもん王族権限でどうにでもなるわ!」


 アノンの制止も効かず、リアンはシエスタを鬼のような形相で睨む。


「私の大切な弟をあんな無法集団と一緒に入団テストを受けさせるなんてどういう神経してるのよ!」

「どーどー。気持ちは心中お察ししますけど、一度落ち着きましょうよお姉ちゃん」

「アンタにお姉ちゃんなんて呼ばれる筋合いはないわ!」

「揺らすのやめれ~」


 激怒するリアンに肩を揺さぶられながらも、飄々とした態度を崩さないシエスタ。その精神力には思わず感心するも、


「シエスタさん。僕も姉さんとは理由は違うけど、彼らを騎士団の入団テストに参加させるのは嫌です」

「だよねー。お姉ちゃんを守る為の騎士なのに、そんな姉を殺す可能性がある野蛮な奴らを身近に置いておくことはできないよねー」

「それが分かってるなら、どうして彼らを騎士にさせようとするんですか」

「そうよそうよ! もっと言ってやりなさい、アノン」

「姉さんはちょっと静かにしてて」


 援護射撃する姉を注意すれば、露骨にしゅん、と落ち込む。

 そんな姉を一瞥してから、アノンは鋭い視線をシエスタに向けた。

 アノンから放たれる剣幕に、シエスタはわずかに黙る。そして、ふぅ、と息を吐くと、


「たしかに、彼らは窃盗に人殺しをしてきた奴らよ。誇りもなければ生きる価値もない」


 でもね、とシエスタはならず者たちを一瞥すると、


「そんな彼らだから、リアンの騎士にする価値がある」

「……どういう意味です?」


 シエスタの言葉の意味が理解できずに眉根を寄せれば、いつの間にか大人しくなっていたリアンも怪訝な顔をしながら耳を傾けていた。


「あいつらを生かす価値はない。けれど裏を返せば、道具として活かす価値はある」

「……つまり、あいつらは私を守る騎士団は使い捨ての寄せ集めってこと?」


 腕を組みながら言ったリアンに、シエスタは「いいえ」と首を横に振った。


「使い捨てにはならないわ」

「なぜ?」


 シエスタは不気味な笑みを浮かべて、告げた。


「なぜならならず者あいつらは――騎士を凌ぐ強さだから」

 不気味に浮かび上がる笑み。それは彼女を騎士ではないと錯覚させるほどに、狂気を垣間見せた。

「――騎士を凌ぐ強さ、ね」


 シエスタの言葉を反芻するリアンは、真紅の双眸を細める。

 それから、リアンはならず者たちに視線を移すと、ゆっくりと歩き始めた。


「ちょっと姉さん。無闇に近づいたら危ないよ」

「大丈夫よ。もし襲ってきても、返り討ちにするだけだから」


 確かに姉は強いが、だからといって犯罪者集団に近づいていい理由にはならない。


 それにリアンは彼らに敵意をないことを示す為に、愛剣であるカンザシを装備していなかった。


 警戒心は働かせているものの、おそらくアノンより強く働かせてはいない。


「(すぐに動けるように、バフはかけておくか)」


 万が一、彼らが大切な姉に少しでも危害を加える素振りを見せれば、その時は容赦なく息の根を止める。


 ピリッ、と肌に針が差してくるような緊張感の中で、リアンが足を止めた。


「…………」


 そのまま、値踏みするようにならず者たちを見る。

 数十秒後。リアンはふむ、と鼻を鳴らすと、


「この中で一番強そうなのは貴方ね」

「ほほぉ、見る目がありますな。時期王女様」


 巨漢男の皮肉に聞こえるような口調にアノンは不快感を覚えるも、リアンは気にすることなく手を差し出す。


「貴方のLvを確認させてもらうわ」

「……こんな汚れた手と握手なんてできるんですか?」


 挑発的に問いかける巨漢の男の後ろで、何人かがケラケラと嗤う。


 鼻に付くならず者たちの姉に対する態度に、アノンは食い込んだ爪が血を滲ませる程に強く拳を握りながら必死に耐える。


「……心配しなくても平気よ、弟くん」


 怒りを抑えるのでやっとのアノンの耳朶に届いたのは、シエスタの声だった。


「あの程度じゃリアンは動じない。お姉さんの強さは、弟くんが一番よく知ってるでしょ」

「――そうですね」


 小さな笑みを浮かべるシエスタに、アノンもわずかに冷静さを取り戻す。


 すぅ、と深く息を吸い、そして吐く。一瞬だけ瞼を閉じてまた開けば、真っ赤に染まりかけた視界は鮮明に色を取り戻した。


「ほら、早くしなさい。じゃないと貴方たちの中から一人選んで首を跳ねるわよ」

「王族だからってそんな暴挙が許されると思うなよ⁉」

「五月蠅いわね。早くしなさいよ。私は忙しいんだから」

「いだぁ⁉ 蹴りの威力じゃねえ⁉」

「……何やってるの姉さん」


 ならず者なんかと戯れている姉を見て、アノンとシエスタは思わず苦笑。


 ――そうだ。僕の姉さんは、誰よりも強いんだ。


 目の前に広がる光景を見ながら、忘れかけていたそれを思い出す。


 既にならず者たちを従えつつある姉に改めて感服しながら、アノンは姉を見守る。


「ほれ、さっさと手を出しなさい」

「チッ。分かったよ」


 二人が手を繋いでいるのは決して親交の証なのではなく、お互いのステータスを確認する為だ。


 この世界では普段は自分以外には見えないステータスも、それを見たい対象者と手を繋ぐことで確認できるようになる。


 そして今は、リアンと巨漢男の胸の横辺りにステータスが表記されてるはずだ。


「おいおい⁉ なんだこのステータスは⁉ 全部のパラメータがほぼカンストしてるじゃねえか⁉」

「【Lv100】なんだから当然でしょう。……それで貴方は、なるほど。シエスタが貴方たちをスカウトするのも納得できるわね」

「ハッ。どうだ。そこら辺の騎士様よりは強えだろ。さすがに王女様と比べりゃ霞むけどな」


 感嘆とするリアンを見て、巨漢男が満更でもなさげに凶悪な笑みを浮かべる。


「高レベルなのは貴方だけ? それとも、残りも貴方と同じくらいなのかしら?」

「んなの握って確かめればいいだろ。あぁ、それとも、握ってくれるのは俺だけなのかな?」

「気色悪いこと言ってんじゃないわよ。ぶっ飛ばすわよ」

「ブヘッ⁉ 既に叩いてるじゃねえか⁉ アンタ本当にそれでも王女か⁉」

「正統なグレア家の者よ。ほら、早く言わないと次は左も行くわよ」


 人類最強と歌われるリアンのファイトスタイルに、流石に巨漢男も白旗を上げる。


「分かった! 分かったから! だから構えるな」

「じゃあ教えなさい」


 はぁ、と巨漢男はため息を吐いた後、ニッと口角を上げて。


「そうだぜ。俺の後ろにいるならずコイツら全員、俺とほぼ同レベルだ」

「……ふーん」


 立てた親指を後ろに差しながら告げる巨漢男に、リアンは何かを思案するように頷く。

 そして、


「分かったわ。貴方たちが私を守るに足る人材かどうか、挑戦権はあげてあげる」


 それはつまり、


「シエスタ!」

「なんでしょうか? リアン様」


 既に答えなど分かっているはずなのに、シエスタはわざとわしく尋ねる。

 そんな一番目プラチナに、リアンは視線だけくれると、


「早く入団テストの準備を始めなさい」


 我らが女王はそう指示した。


「――仰せのままに。リアン様」

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