第22話 『 お姉ちゃんからのお願いとお風呂 』


 姉からの承諾も経て、これで後は三日後に備えるだけと思っていたのだが、


「待ちなさい、アノン」

「なに、姉さん」


 リビングを出ていこうとすれば、リアンは真剣な面持ちでアノンを呼び止めた。


「まだ、騎士団への入団は認めます。でも、その前に一つ条件があります」

「……はぁ」


 なんとなく正座すると、リアンは一つ指を立てながら言った。


「騎士団へ入団することを許したお姉ちゃんはとっても優しいわよね?」

「え、これ何の確認?」


 小首を傾げれば、姉は「いいから早く」と催促してきた。


 状況が飲み込めてないものの、姉の言う通り「姉さんはすごく優しい」と復唱すれば、


「そう。お姉ちゃんはとっても優しい。それこそ聖母の如く。でもお姉ちゃん、聖母の如く慈悲深いけど、それと同時にちょっぴり悪魔なの」


 聖母で悪魔。よく分からない。

 終始困惑するアノンに、リアンはコホン、と咳払いしたあと、こんな要求を投げてきた。


「アノンには、騎士団への入団を許可した心が広くとーっても優しいお姉ちゃんの言うことを一つ聞いてもらいます!」


 拒否権はなし! とリアンはアノンの顔の前に手を突き出す。


 やや気圧されながらも、アノンはこくりと頷いた。


「それはまぁ、僕も無茶なお願いだってことは分かってるから拒否するつもりなんてないけど……でも、姉さんは僕に何をやって欲しいの?」

「え、本当に? な、なんでもやってくれるの?」

「自分でそう言ったでしょう」


 何故か呆気取られているリアン。

 そんな姉に辟易としつつ、


「それで、姉さんの要求は何?」

「ちょ、ちょっと待ってね。まさか本当にアノンが私のお願いを聞いてくれるなんて思わなかったから、お姉ちゃん少し動揺してます」


 慌てふためく姉を数分ほど見つめていると、やがて何を要求するのか決めたらしく「よしっ」と呼気が聞こえた。


「えー、では、私がアノンにやって欲しいことを発表します!」

「そんな大袈裟な」


 口でドラム音を鳴らしながらデデンッ、と効果音までセルフで付けた姉は、白い頬を朱に染めて言った。


「久しぶりに、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入って欲しいな」


 自分で発言しておいて、リアンは「言っちゃった!」と顔を真っ赤にする。


 そして、アノンはというと、


「え、そんなのでいいの?」

「もっと激しい要求をしてもいいの⁉」


 良くはないが、無理を聞いてもらった手前断る訳にもいかない。


 しかし、際限なく要求を飲み込んでしまうと、この姉は姉弟の超えてはならない一線を軽々と飛び越えてしまう気がしたので、


「ううん。お風呂でお願いします」


 土下座して懇願した。


「え待って。今私、お願いを変更しようとしてるんだけど……」

「僕、姉さんと久しぶりに一緒にお風呂が入りたいなー」


 そう言えば、アノンは途端に笑顔になって、


「もうっ! アノンたらそんなにお姉ちゃんと一緒にお風呂が入りたかったのね! 最近は一緒にお風呂に入ってくれなかったら反抗期が来たのかと思ってお姉ちゃん寂しかったけど、なんだ。ただの照れ隠しだったのね。なら今日と言わずに明日も明後日もその先も一緒に……」

「一緒に入るのは今日だけだよ」

「アノンのケチ――――――ッ!」


 断じてケチなのではなく、それが姉の要求だからだ。


 ぎゅっ、と抱きしめてきて頭を押し付けてくる姉に、アノンは頭を撫でながら宥めた。


「ほら、姉さん。お風呂一緒に入るんでしょ? それなら準備するから、姉さんはここで待ってて」

「ああん。つれないこと言わないでよアノン。どうせなら湯舟が溜まるまでこうしてずっとくっついてまましょうよ~」

「その湯舟を今から準備しに行くんだよ。言っとくけど、お願いの有効時間は日付が変わるまでだからね?」

「そんなの聞いてないわよ⁉」


 唖然とする姉の腕を振りほどきながら、アノンは立ち上がる。


 そして、姉の要望通り一緒にお風呂に入る為に浴槽に湯を貯めに行こうする最中、はぁ、と重いため息をこぼした。


「……姉さんとお風呂に入ると、ゆっくりできないんだよなぁ」


 アノンがリアンとお風呂を共にしないのは決して反抗期でも恥ずかしいでもない。


 アノンがこうして辟易とする理由は、十五分後に明らかになる――。

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