第21話 『 姉の同意とシエスタの思惑 』
姉を守る為に騎士になることを決めたはいいが、一つ問題があった。
それは、その守りたい姉がアノンの騎士団への入団を断固拒否していることである。
「……姉さん」
「ふんっ」
シエスタからの提案を飲み込んでその後、アノンは露骨に不機嫌になってしまった姉を説得はおろか、話すことすらもままならなかった。
リアンはずっと頬を膨らませたまま、そっぽを向いてしまっている。
「僕だって考えなしにシエスタさんの提案を受け入れた訳じゃないんだよ」
「――――」
「姉さんとこうして過ごすのは楽しいけれど、でも、いつまでもこのままじゃダメだと思うんだ。僕は、姉さんを守りたいんだ」
「私はアノンに守ってもらうほど弱くないわ。それに、弟に守られる姉なんて、みっともないだけよ」
どうやら姉にも姉なりの矜持というものがあるらしく、それを侮辱されたと勘違いしてしまっているらしい。
「姉さんが僕より強いのは勿論知ってるよ。それでも、姉さんが僕のせいで誰かの血で汚れるのは嫌なんだ」
お互い、譲れないものがある。そして今回ばかりは、アノンも引く気はない。
「僕は姉さんに守られてばかりだから、今度は僕が姉さんを守りたいんだ。その為なら、どんなものでも利用するし、犠牲にする覚悟はあるよ」
「アノンは私に恩義を感じ過ぎなのよ。私は……貴方に酷いことをしてしまったのに」
顔を俯くリアン。
その顔をそっと持ち上げれば、同じ真紅の瞳が交わる。
「姉さんは僕に何も酷いことなんてしてないでしょ。それどころか、姉さんはずっと僕を心配してくれた。
「――アノン」
暗い世界で、唯一温もりをくれたのはリアンだけ。
汚れた手を、血まみれの手を平気で握ってくれたのは、睥睨と嫌悪の目ではなく親愛の目をくれたのは――姉さんだけなのだ。
だから、
「僕は、騎士になって、姉さんを守りたい。こればかりは、譲れない」
今のままでは、愛する姉の道を切り開くことなんてできないのだ。
この生活はたしかに穏やかで、それなりに充実していて、満喫もしている。
けれど所詮、それは鳥かごの中の鳥の生き方でしかない。
外に出るためには、騎士団への入団はアノンにとってまたとない好機なのだ。
それはアノンだけでなく、リアンにとってもメリットがあるはずで。
「それにほら、僕が騎士になれば、姉さんと一緒にいられる時間は増えるはずだよ」
「――――」
ぴくぴく、とリアンの耳が動いた。
「そ、そんな簡単じゃないわ。騎士団に入っても、私の従者になるには最低でも
「ならすぐになるよ」
逡巡するリアンに、アノンは彼女が言い終える間もなく答えた。
「騎士団て、たしか実力主義なんだよね? なら、すぐに
覚悟なんてものはリアンの手を握った時から決まっていて、その為に力を備えてきた。
――アノンの全ては、姉の為にある。
「僕の心臓は姉さんのものだ。僕の心は姉さんのものだ。――僕は、姉さんの『死神』だ」
その覚悟を真紅の瞳を真っ直ぐに見つめながら告げれば、ほんのわずかに沈黙が降りる。
想いの全てを吐露したアノン。そんな弟に、やがて姉は諦観を悟ったようにはぁ、と吐息をこぼすと、
「アノンは本当に叩き潰しちゃうでしょ?」
呆れ混じりの微笑を浮かべた。
「分かったわ。アノンがどうしても騎士団に入りたいっていうなら、お姉ちゃんもアノンを手放したくない気持ちを我慢して了承します」
「本当に⁉」
パッ、と笑顔になるも、リアンは「ただし!」とアノンの顔の前に手を突き出した。
「アノンの労働条件は私が決めます!」
「それって姉さんが決めていいことなの?」
「王族特権を行使するから問題ないわ」
「うわー、それってショッケンランヨウ、って言うんじゃないの?」
ジト目を向ければ、リアンは「難しい言葉を覚えられて偉い」と頭を撫でてきた。
「いい、アノン。職権は乱用する為にあるの。覚えておきなさい」
「それって悪いことなんじゃ」
「時と場合によるわ。そしてこの場合、私の職権乱用は正しい」
「ふむふむ。つまり、職権は使いどころによるってことだね」
「アノンは本当に賢いわねー。本当にお姉ちゃんの自慢の弟よ~」
「ちょっと姉さん。胸が苦しいよ」
ぎゅうぅ、と抱きしめられると、豊満な胸のせいでうまく呼吸ができなくなる。
ぷはぁ、といっぱいに酸素を取り込みながら、アノンはリアンの話の再開させる。
「まぁ、労働時間とか難しいことは姉さんとシエスタさんに任せるよ」
「…………」
「どうしたの、姉さん?」
なぜか急に顎に手を置いて神妙な顔をするリアンに、アノンは眉根を寄せた。
「なーんか、引っ掛かるのよねぇ」
「? 何が?」
リアンが思案している。
「どうしてシエスタが突然アノンを騎士団に入団させようとしたのか、それがずっと気になってるの」
姉の疑問に、アノンもたしかに、と同意する。
「アノンが強いから騎士団に引き入れた……というのは一理あるけど、でもそれだけじゃない気がする」
そしてぽつりとリアンが呟いた。
「……あの女。何を企んでるのかしら」
その疑問が明らかになるのは、三日後だった――。
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