第18話 『 姉と鍛錬 』

 アイリスが王城に戻って、二日ほど日が経った。


「んっ。んっ。……それにしても珍しいわね。アノンが鍛錬に付き合って欲しい、なんて」


 準備運動をしながら姉に言われて、アノンは足を伸ばしながら答えた。


「うん。この前騎士と戦った時に、体がだいぶ鈍って全然動けなかったんだよね」

「へぇ。でも余裕だったんでしょ? バフは使った?」


 バフ、とは身体強化のスキルのことだ。発動すれば、一時的に身体能力が向上する。


「ううん。使わなかったよ」

「うーん。三番目シルバーを相手にバフを使わないで完封する時点で鈍ってなんかないとお姉ちゃん思うんだけど」

「騎士の人たちもバフ使ってなかったみたいだし、だいぶ手加減されたと思うよ」


 それはないわね、と一蹴された。


「アノンのことを脅威に感じた時点で騎士は一般人だろうと関係なくバフを使うはずだと思うわ」

「じゃあ使ったんじゃない?」


 と適当に返せば、リアンは「貴方ね」と複雑な表情を浮かべる。

 今更倒した騎士のことなど、いちいち覚えてられないのだ。数も……もはや覚えてない。


「細かいことはどうでもよくて……もしもの時の為に備えてやっぱり体は動かせた方がいいと思うんだ」

「アノンの考えは立派でお姉ちゃん手伝う気満々なんだけど、貴方、一番目プラチナ相手にも互角だったわよね?」


 たしかにポニーテールの女騎士は強かった。一撃で仕留めたと思ったのに、それを受け止めた反応の速さには思わず感嘆とさせられた。


「互角じゃダメなんだよ。僕は姉さんを守る為に、誰よりも強くなきゃいけないんだから」

「もうっ。アノンたら、お姉ちゃんにそんなこと言って昇天させる気? 今一瞬だけ天使が迎えに来たわよ」

「僕、姉さんが死んだらすごく悲しいから死んじゃダメだよ?」

「ああああああああん! お姉ちゃん絶対に死なないから安心してぇぇぇぇぇぇ!」


 感情が爆発でもしたのか、抱きしめてこようとする姉をひょいっと躱す。

 むぅ、とイジけるように頬を膨らませる姉を横目にアノンはぐっと腕を伸ばすと、


「うん。準備はばっちり。姉さんは?」

「私もいつでも大丈夫よ」


 すでにお互い、体は温まったらしい。

 そして姉弟は、足元に置いていた木剣を握る。


「先に言っておくけど、姉さん。手加減はしないでね」

「しないわよ。したらアノンに殺されちゃう」

「むぅ、初めて鍛錬した時よりも、力の制御コントロールはだいぶ出来るようになったよ。戦った騎士の人たちも全員、気絶で済ませられたんだから」

「ふふ。流石は私の弟。頑張り屋さんね」


 何度も弟に殺されかけたというのに、姉は優しい微笑みを返してくれた。


 リアンと鍛錬した最初の頃は、これまで加減というものを知らなかったせいで力の制御コントロールが出来なかったのだ。おかげで、何度も親愛なる姉を殺しかけてしまった。


 けれどそれも昔の話で、今のアノンはというと、


「――シッ」

「ハッ!」


 睨み合い数秒後。鋭い呼気を吐いて姉弟は木剣を交差させた。


「本当ね。力の加減はかなり上手くなってるわ」

「言ったでしょ」


 ファーストタッチでアノンの成長を感じ取ったリアンは、嬉しそうに笑みをこぼす。

 アノンもまた、自分の一撃を軽々と受け止めた姉に脱帽した。


「でも僕、加減したといっても結構本気で剣を振ったよ」

「ふふふっ。お姉ちゃんを押したそうなんて百年早―い。あ、でもベッドの上ならすぐに押し倒してくれていいわよ」


 また訳の分からないことを、と呆れながらも鍔迫り合いになった木剣を引けば、


「ダメよアノン。鍔迫り合いになった時に自分から剣を引いたら。いつも言ってたでしょ。自分から隙を作るようなものだって」

「うわっ。でもそれで突っ込んでくるの姉さんだけだよっ」


 剣を引いた一瞬を見逃さず、リアンは脇腹に木剣を入れてこようとする。慌てて引いた剣を移動させれば、木剣には似合わぬ苛烈な音が空気を震わせた。


「やっぱ姉さん強いなぁ」

「ふふ。当然でしょう。貴方のお姉ちゃんなんだから」


 アノンは剣を受け止めるので精一杯だというのに、リアンは笑みを浮かべてまだまだ余裕の表情。


 それが悔しくて、


「今度はこっちの番っ」

「おっと、やるわねアノン」


 剣ではなく足を大きく踏み込んで、力づくでリアンの剣撃から離脱する。そして、前の詰めた勢いを殺さぬまま腕を引けば、剣は姉の喉元を貫こうとする。


 が。


「剣で私には勝てないわよ」

「――ぇ」


 リアンの顔が突然消えたと思ったら、彼女はアノンの剣が喉元に到達するよりも早く身を低くしていた。そしてそのまま、旋回すると、まだ攻撃の途中で動き《モーション》を変えることのできないアノンの胴体に木剣をコツン、と当てた。


「まだまだ鍛錬が足りないわね、アノン」


 ウィンクする姉に、アノンは生唾を飲み込みながら苦笑する。


「僕の鍛錬が足りないんじゃなくて、姉さんが強すぎるんだよ」

「なんたって【Lv100】ですから」


 世界で唯一、彼女のみが到達した、【Lv】の極致。そこに辿り着いた姉の強さは、文字通り計り知れない。


 姉の全力を引き出せたと少しは期待したが、この余裕の表情をみればそんなものは浅薄な妄想だった。


「まだ続けるでしょ?」


 姉の問いかけに、リアンはこくりと頷く。

 まだ、一本取られたくらい。

 それに、


「今日こそは、姉さんから一本取って見せるからね」

「ふふ、期待してるわ。私の自慢のアノン


 それから姉弟は、さらにギアを上げて鍛錬に励むのだった。

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