第17話 『 一触即発 』

 いずれ来るとは思っていたが、予想よりも早く騎士が赴いてきた。


 しかも一番目プラチナのシエスタだけでなく、彼女と同じ階級ランクのラオニスまでいる上に、二人の後ろには数十人の騎士が武装した状態で待機していた。


「久しぶりだね、リアン」

「……少女のお迎えとしては、ずいぶんとした気合の入りようね」


 警戒心を強めながら友人のラオニスを睨めば、銀髪の髪が特徴的な彼は爽やかな笑みを浮かべたまま返す。


「そんな身構えなくていいよ。僕たちはただ、あの方を引き取りに来ただけだから」

「アナタも弟くんと大事な時間を奪われるのは嫌でしょ」

「えぇ。その通りよ」


 シエスタの言葉に、リアンは厳かに顎を引く。


 アノンと平穏な生活をできればあの少女はすぐにシエスタたちに引き渡すべきだ。しかし、たかが少女にこれだけの騎士の数が出動するとは、


「アナタたちが来たのは、クソ爺からの命令ね」

「ご明察……と言いたいけれど、これを見ればすぐに検討もつくわよね」


 リアンの言葉を、シエスタをため息をこぼしながら肯定する。


「あの子、何者なの?」

「悪いけどリアン。世間話をする暇は……」

「答えなければ引き渡しには応じない」


 声音に剣幕をはらめば、シエスタとレオニスはお互いの顔を見合わせると、


「私たちも詳しい事情は知らないわ」

「ただ、ヴォルフ様からアイリス様を早急に城に戻すようにと命を受けて来ているだけだよ」


 アイリス。それが少女の名前だと知りつつ、リアンは思案する。


「(私たちにすら無頓着なアイツがあの子に固執している? どういうこと?)」


 アノンは言わずもがな。ヴォルフはリアンにすら愛着など持ち合わせていない。幼少期に構ってもらった記憶もなければ、会うのはせいぜい食事の時ぐらいだった男が、アイリスにだけは執着しているような口ぶりだ。


「その顔を見ると、アナタ、アイリス様のことを知らないみたいね」

「えぇ。でもそれはアナタたちも同じでしょう」


 シエスタとレオニスはこくりと頷く。


「僕も今日初めて知ったよ。王城に、まさか小さな女の子が住んでるなんて」


 王城の警備を務めているシエスタたちまでもが今日まで存在を知らなかったとなると、どうやらこの件、相当闇が深いように思えた。


 ならば俄然、アイリスとアノンを関わらせる訳にはいかない。


「いいわ。アイリスを引き渡すわ」

「それが賢明よね」


 シエスタもこの件の闇に勘づいているのだろう。リアンがアイリスの存在を既知しているとなればいくらか話は変わったかもしれないが、王家の人間でしかも国王の娘が何も知らないとなると一介の騎士が安易に触れていいものではないと彼女も悟ったのだ。


「引き渡すけれど、家に入るのは一人だけにして」

「なら私が適任ね」

「そうだね。アイリス様は女の子だ。なら、相手は同性の方がいいと思うよ」


 レオニスもシエスタの判断に同意する。


「ならシエスタ、家に上がって」

「分かったわ」

「僕らは周囲の警戒にあたってるよ」


 マントを靡かせるレオニスを見届けて、シエスタを家に上がらせて扉を閉める。


「ちょっと、靴脱いでよ」

「え、無理」

「無理、じゃないわよ。土足のまま上がられたら床が汚れるでしょ。掃除するの誰だと思ってるの私よ」


 捲くし立てるように言えば、シエスタはしぶしぶ靴を脱いだ。


「……そういえば、アナタの家にお邪魔するのはこれが初めてね」

「おめどう。最悪の初訪問ね」


 全くもってその通り、とシエスタは肩を落とす。


 時間があれば弟との愛の巣である家内を紹介したかったが、そんな暇も余裕も今はお互いになかった。


 ただ口数少なく廊下を歩いて、そしてリビングの扉を開け――


「姉さん。ソイツ、誰?」


 扉を開けた瞬間。明らかに警戒の色を濃くしているアノンが少女――ではなくアイリスを庇うように立っていた。


「アノン。落ち着いて」


 アノンの後ろで、アイリスが怯えている。

 務めて冷静さを保ちながら、リアンはアノンの警戒心を解こうとするも、


「初めまして弟く――」

「――来い。カムラ」


 アノンが虚空に向かって何かを呼んだ瞬間。それは現れる。

 刀身がむき出しのそれは、一瞬走った閃光を反射して鈍色の光を放つ。

 柄を握った瞬間。アノンは『カタナ』を武器にシエスタへと襲い掛かった。


「――シッ!」

「ッッ!」


 明確な殺意を帯びた一撃が振るわれるも、シエスタも即座に鞘から剣を引き抜くとアノンの一撃を受け止める。


「流石はリアンの弟ね。強い……っ」

「そりゃどうも。でも、次は外さない」


 奥歯を噛むシエスタと対照的に、アノンは余裕の表情をみせる。そして、つばぜり合いになったカタナを引くと、


「――なっ」


 常人には追いきれないほどの速さで移動し、そのままシエスタの心臓を貫こうと――


「――カンザシ」


 凛とした声音が虚空に名前を呼ぶと、先ほどのアノンと同じ現象がリアンの元でも再現された。


 しかし、リアンのそれは、アノンの閃光が走るようなイメージとは違った。


 まるで花吹雪が舞うような美しさと荘厳さを錯覚させるように、それはリアンの手の元に顕現された。


 刹那。カァァン、と甲高い音が響く。


「アノン。落ち着きなさい」


 シエスタの心臓を貫かんとした切っ先を弾いて、リアンはアノンを声で静止させる。

 リアンの声音と静かな圧に、アノンはようやくハッと我に返った。


「……ごめん、姉さん。つい」

「ふふ。ちゃんと自分で反省できて偉いわよ」


 カタナを床に落としたアノンを見て、リアンも手から剣を離した。

床に落ちる直前に剣は再び虚空に消えて、リアンは左手でアノンの頭を撫でる。

そんな様子をシエスタは、


「ちょっと待って⁉ 私いま、アナタの弟くんに殺されかけたんだけど⁉」


 地団太を踏みながら癇癪を起していた。


「あっそ」

「あっそ⁉ アナタ、友人と弟どっちが大切なのよ⁉」

「アノンに決まってるでしょ」


 ぎゅう、と抱きしめながら迷わず即断するリアンに、シエスタは頭を搔きむしる。


「何なのこの姉弟⁉ 弟はいきなり殺しに来るし、姉は姉で弟を擁護しようとするし」

「殺されかけたのはアナタの鍛錬が足りないだけで、アノンは何も悪くないわ」

「おいそこの姉。過保護にも程があるわよ。擁護するにも限度ってもんが……」

「アノンを守ることに限度なんてものはないわ。文字通り、私の全てを捧げてアノンを守るわ」

「もうやだこのブラコン⁉」


 弟を抱きしめながら堂々と告げれば、シエスタが悲痛の叫びを上げた。

 それから、シエスタはドッと深いため息を落とした後、


「もういい。アイリス様を連れてこのバカ姉弟が住む魔の洞窟からさっさと退散するわ」


 シエスタのその言葉を聞いた瞬間。それまでリアンの胸の中で埋もれていたアノンが切羽詰まった顔を出す。


「待って!」

「ダメよアノン」


 アイリスを守ろうとするアノンだが、リアンが制止させる。


「その子は王城へ連れ帰ってもらう」

「姉さん。どうして」


 訴えかけるような瞳に心が痛むも、しかしリアンも今回ばかりは引くことはないできない。


「安心しなさい。アノン。その子……アイリスの安全は彼女が保証するわ」

「そうだよ弟くん。アイリス様は私たち騎士が責任をもって王城へ連れ帰します」


 アイリス、と初めて知った少女の名前を呟きつつ、


「でも、その後は?」

「…………」


 その問いには、リアンもシエスタも答えることはできなかった。


 帰る際の安全は保障されても、アイリスがその後ヴォルフにどんな対応を受けるのかは分からない。


 ただ一つ言えるのは、決していい扱いはされないということだけ。


「……はぁ」


 ため息を吐いたのは、リアンだった。

 リアンは心底嫌そうな顔をしたあと、アノンの頭に手を置くと、


「分かったわ。なら、私が定期的に王城に足を運んで、アイリスの様子を確認する。それなら、アノンも安心できるでしょう?」


 アノンと一緒にいられる時間を削ってまで他人の面倒を見るなんて御免だが、それでもアノンがアイリスの安否に不安で夜が眠れなくなり、健康に害が及ぶ方がリアンにとっては避けたい事態だ。


 これも弟の健康の為、と必死に自分に言い聞かせながらそう提案すれば、


「姉さんが、アイリスのことを見てくれるの?」

「えぇ」


 本当は死ぬほど面倒だけど、仕方がない。

 微笑みを浮かべながら頷けば、アノンは数秒顔を落としたあと、


「姉さんがアイリスのことを気にかけてくれるなら、僕も安心できるよ」

「分かってくれて嬉しいわ」


 ようやく納得したアノンに、リアンはホッと安堵の息を吐く。

 そして、


「アナタも、それでいいわね」


 アイリスの元まで近づくと、ぐっと顔を近づけて尋ねる。


「……うぅ」


 やはりアノンに懐いているようで、アイリスは縋るような視線を何度もアノンに向ける。

 それを遮りながら、


「すごく面倒だけど……死ぬほど嫌だけど……アナタのことなんてこれっぽちも興味ないけれど、アノンの為だから仕方がなく私がアナタに会いに行ってあげる」

「……や」


 さりげなく拒絶された。

 クソガキ、と頬を引きつらせつつ、


「アノンのことが好きなら、あの子を守る為にも私の言うことを聞きなさい」

「――っ!」


 耳にボソッといえば、金色の瞳が大きく揺れた。

 卑怯だとは思うけれど、これ以外アイリスを動かす方法がない。

 リアンの言葉に、アイリスはしばらく無言のまま、やがて一歩足を動かすと、


「さ、王城へ帰りましょうか。アイリス様」


 きゅっ、と子どものようにシエスタの袖を掴んだ。


 屈み、アイリスと目線を合わせたシエスタは、自分は敵ではないと伝えるように微笑みを浮かべる。


 アイリスもシエスタが怖い人ではないと分かったようで、無言ではあるがこくりと頷いた。


「お二人とも。迷惑かけてごめんね」

「気にしないで。それよりも……頼んだわよ、シエスタ」


 主語なくお願いすれば、シエスタは「はいはい」と面倒くさそうに返した。


「分かってるわよ。その代わり、リアンもちゃんと王城に来なさいよね」


 アノンと約束してまったから、ここで頷かないわけにもいかず、頬を引きつらせながら頷いた。


 そして、アイリスはシエスタに手を握られながら廊下へと消えた。

 その数秒後に玄関が閉じる音がすると、部屋は先程の喧騒が嘘のように静まり返る。


「はぁ。これから忙しくなりそうね」


 去っていたアイリスを思い返しながら、リアンはそう感じ取られずにはいられなかった。

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