第16話 『 持ち込まれた爆弾 』

「……それで、姉さん。この子どうしよっか」


 事情も一通り聞き終えた後、アノンが縋るような声でリアンに今後の方針を求める。


「どうしようと言ってもねぇ」


 弟の疑問には基本何でも答えられるリアンも、この件に関しては流石にお手上げだ。


「アノン。この子を追ってた騎士についてだけど、城に帰りましょう、って言ってたのよね?」

「うん。確かにそう言ってたよ」

「なら城に返しましょう」

「なんで⁉」


 リアンの言葉に目を剥くアノン。

 あっさりと城に返す選択を選んだリアンに、アノンは困惑していた。


「(アノンには申し訳ないけど、なーんか関わると面倒な匂いがするのよね)」


 少女を見て、リアンは思惟する。


 どうやらこの少女は王城と関係があるようなのだが、リアンはこんな少女一度も見たことがない。月に一度くらいしか足を運ばないからたまたま出会う機会に恵まれなかっただけかもしれないが、この目立つ赤髪を見たこともなければ少女にまつわる噂一つ立たないのはどう考えても不自然だ。


 安易に踏み込むべきではないと、本能が警鐘を鳴らしている。


「この子、王城に帰るのすごく嫌そうにしてたんだ」

「あー、うー!」


 アノンが声を落として言えば、それに少女が呼応するように頷く。

 ちゃっかりアノンの腕にしがみつく少女を即座に切り離しつつ、


「アノンの優しさにはお姉ちゃん美徳だなって思うしそういう所が大好きだけど、でも今回は私の言うことを聞いてほしいわ」


 王城に関わる事ならば、最悪の場合アノンの立場が危うくなる。


 あのクソ親父がアノンに手を出せば親子の契りなど容易に切り捨てて殺しに掛かるが、そうなれば国が荒れる上に流れなくていい血が流れることになる。


 平和主義ではないが、できればこの穏やかな生活を続けたい。


 その為にも、この少女爆弾は王城へ返品するべきだ。


 そうでなくとも、


「(このガキがいたらアノンとイチャイチャできないじゃない!)」


 それが、リアンが少女を王城へ返したい最たる理由だった。

 結局のところ、この少女を匿うことにリアンとアノンにメリットなど何一つないのだ。

 デメリットの塊など、早急に返品してくれる。


「ね、アノンにも分かってほしいわ。この子は王城に返すべき。それがこの子の安全でもあるし、貴方を守ることにもなる」


 穏やかな声音で弟を諭せば、アノンは逡巡をみせる。


「……でも」

「お姉ちゃんはアノンが一番大切なの。アノンは?」

「僕だって姉さんが一番大事だよ。けど、嫌がってる場所に帰すのは、本当に正しいことなの?」

「……それは」


 アノンにそれを言われてしまっては、口ごもるしかない。


 おそらくアノンは、少女の心境に親近感が湧いているのだろう。


 アノンも、居たくもない場所にいた人間だ。見たところ少女に怪我の痕跡はないが、アノンは親に最低と言っていい残酷な仕打ちをうけていた。アノンはそれを当たり前だと思っていたから泣くことも悲しむこともなかったけれど。


 己の過去の一件もあるからこそ、アノンは珍しくリアンの言うことに素直に頷かなかった。


「わた、し……や、だ」


 ぎこちない言葉で、少女はぎゅっとアノンにしがみついた。

 それがまるで、アノンと一緒にいたいように見えて。


 …………。


「やっぱり送り返しましょう。こんな爆弾」


 気安くアノンに触る女狐に、リアンは瞳のハイライトを消すと容赦なく突き放す。


「離れなさいっ」

「やー!」


 無理やり引き剝がそうとすれば、少女は抵抗するようにさらに強くアノンの腕に絡みついた。


「アノンに気安く触るなっ」

「やー! お兄ちゃん、いっしょ、いる!」

「アンタのお兄ちゃんじゃないわっ⁉」


 アノンことをお兄ちゃんと呼ぶ少女に、リアンはこめかみに血管を浮き上がらせる。


「ちょっと姉さん! あまり強く引っ張ったらダメだよ!」

「止めないでアノン! 今この女狐からお姉ちゃんが目を覚まさせてあげるから!」


 姉よりも少女を擁護しようとするアノン。もう女狐に魅了されてしまったのかと嘆きながら、大事な弟を開放するべくリアンは厄介極まりない少女を引き剥がそうとする。


「いい加減っ、アノンから離れなさい!」

「お兄ちゃん……こわ、い!」

「姉さん! このすごく子嫌がってるよ⁉」

「騙されちゃダメよアノン! 女は怖がってる裏では笑ってる肉食動物なのよ! コイツもそうに違ない。あ、お姉ちゃんはそんなことしないわよ」


 ちなみに嘘だ。


 リアンは他の肉食動物と同じで、好きな相手アノンの前では平然とか弱い女の演技をする。まぁ、それが演技であることなど弟はお見通しだが。


「ほら、早くアノンから離れて、私と王城に帰るわよっ」

「やー!」

「大丈夫よー。私が責任をもって安全に連れ帰してあげるわ~。だから私たちの愛の巣から出ていきなさい!」


 そろそろ堪忍袋の緒が切れそうで、リアンは本気で少女を引き剥がそうとさらに力を籠める。


 ――その瞬間だった。


 チリーン、と家の呼び鈴が鳴った。


「……もう、何なのよこの忙しい時に」


 ぱっ、と少女の服から手を離せば、リアンは訪問客に舌打ち。そして、少女はリアンの凄まじい圧から解放されると怖かったとでも言うようにアノンにガッチリとしがみついた。


「……後で覚えておきなさいよ」


 恨み言を吐いて、リアンは立ち上がる。


「ちょっと出てくるから、アノン。分かってると思うけど……」

「うん。ここで待ってるよ」


 こくりと頷いたアノンを見届けて、リアンはやれやれと息を吐く。

 辟易としながらリビングを出て、リアンは玄関へ向かう。

 その最中、また呼び鈴が鳴った。


 それがまるで催促しているように感じて、リアンは「人の家でしょうが」と訪問客に嫌悪感を抱く。


「はいはい。どちら様ですか――」


 わずかな苛立ちをみせながら玄関の扉を開けば、そこに立っていたのは、


「やっ。数時間ぶりね、リアン」

「……シエスタ」


 今日王城で遭った、親友の騎士と再び邂逅した。

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