第11話 『 アノンVS騎士団 』
突如現れたアノンに、騎士たちは分かりやすく驚愕する。
「な、なな……アナタ、一体どこからっ」
「どこって、上からだけど」
口をわなわなとさせている女騎士に、アノンは上空を指さしながら答えた。
「上って、まさかあの屋上から⁉ そんなバカな。あそこから落ちたら骨が折れるどころじゃ……」
「落ちても平気だから、今ココに立てるんでしょ」
さも当然のように言えば、眼前の女騎士だけでなく後ろの騎士たちまでもが動揺の色を濃くする。
これって普通じゃないんだ、と思いながらも、
「そんなことより、貴方たちはこの子に何しようとしているの?」
チラッと少女を一瞥しながら騎士たちに問いかければ、女騎士はハッと我に返ると声音を変えた。
「貴方には関係ありません! 今すぐそこをどきなさい。さもなければ、公務執行妨害で連行しますよ」
剣幕を帯びる視線と圧を込めた声音で警告する女騎士。けれど、アノンは狼狽えることなく飄々としていた。
「逮捕するならすればいいよ。……でも、この子が嫌がってるのに、それを無視することはできない」
「――っ」
視線をわずかに鋭くすれば、女騎士がアノンの圧にたじろぐ。
思わず半歩下がった女騎士。そして、彼女と代わるように、痺れを切らした男の騎士がアノンの前に立った。
「いいからそこをどけガキ! これ以上我々を妨害するなら、いっそこの場で制裁を実行するぞッ!」
それは制裁ではなく暴力でしょ、とアノンは嘆息する。
身分が高い者から身分が低い者への圧力。周囲の空気がビリッと電気が走るような緊迫に包まれるも、その騎士の怒号にもアノンは怯むことはなかった。
「僕のことは後でシバくなり袋叩きにするなり好きにすればいいよ。でもその前に、アンタたちがこの子を捕えようとしている理由を教えてくれるかな」
「クソガキ如きが知らなくていいことだ」
一歩も引かぬアノンに、騎士は強く舌打ちしながら乱暴に頭を掻く。
「俺たちはただその子どもを城に連れ戻すように命令されてるだけだ。それ以上もそれ以下もない。分かったらいい加減失せろ」
「……城に連れ戻す、ね」
騎士がアノンの胸を掴んで、放り投げようとする。しかし、その腕をひょいっと躱すとアノンは後ろで尚も怯える少女に問いかけた。
「キミは帰りたいの?」
「――――」
一瞬。少女はアノンの言葉に理解できていないような反応を示す。けれど一秒後。少女は目を強く閉じながらふるふると首を横に振った。
「うん。それが聞ければ充分だよ」
少女に微笑みかけた、その直後。
「よいしょ」
「――ガッ」
呼気とは似合ぬほどの足蹴りが騎士を襲い、そのまま地面に倒れた。
「まずは一人」
ドサッ、と鈍い音を立てながら倒れた騎士を睥睨すれば、突然騎士に攻撃を仕掛けたアノンに女騎士が目を剥いた。
「んななななな⁉ ああ貴方⁉ 自分が何をやってるのか分かってるの⁉」
「分かってますよ。騎士を一人、気絶させました」
「明確な公務執行妨害ですよ⁉ しかも、暴行ですよ⁉」
それも知ってる。
理解している上で、アノンは騎士に攻撃したのだ。
未だに唖然としている女騎士と残りの騎士たちに、アノンは腕を伸ばしながら言った。
「窃盗にしろ他の事情にしろ、上から見てた時点でこの子を守ることは決めてたので」
「な、なんで部外者の貴方がそこまで加担するんですか⁉」
至極真っ当な疑問だ。
アノンにとって、彼女を助けることにメリットは一つもない。
けれど、
「この子が助けて欲しそうな顔をしている。理由なんて、それで十分でしょ」
人助けなんてものに興味はない。アノンにとって唯一絶対は、姉が笑顔でいること。
けれど、過去の経験からなのか、子どもが嫌がっているところを見るとどうも気分が悪くなるのだ。
「姉さんが僕を助けてくれたのって僕と同じ理由なのかな。……ま、そんなこと今はどうでもいいか」
脳裏に浮かんだ疑問を振り払うと、アノンはふー、と少し長めの息を吐く。
「手加減はします。でも、死んでも文句は言わないでください。あ、死んだら文句なんて言えないか」
それが、戦闘開始の合図になった。
「この、クソガキが!」
二人が先行してアノンに吶喊してくる。
腰に収めた剣を躊躇なく抜いて、鈍色の光が灯る。
対してアノンはというと、素手のままだった。
「うーん。武器呼んでもいいけど、そうなると絶対殺しちゃうよなぁ」
姉からも「無闇に人を殺しちゃダメよ」と注意されているので、武器は使えない。
相手が騎士といえど、アノンにとってこの人数ならば戦力として数えるほどの脅威でもなかった。
その自信はどこからともなく来るものではなく、
「なんだと⁉」
鈍色の放つ剣がアノンに容赦なく襲い掛かる。けれど、たった半歩足をずらしただけでそれを回避。
続くもう一人の騎士がアノンの腹を貫こうとするが、
「よいしょ」
「――ひょ⁉」
今度は半歩下げた足とは逆の足をずらしただけで避けた。
その一切無駄のない動きに、騎士は一瞬惚けてしまうも、しかし即座に我に返り、
「――ッ。ならこれでどうだァ!」
立て続けに攻撃を避けられた騎士の二人は、息を合わせて剣を振りかざした。
✕を描くような剣線。しかし、それすらも、
「剣の攻撃っていうのはね、その軌道を見切りさえすれば簡単に避けられるんだよ。知ってた?」
そんな知識を説きながら軽々と回避してしまった。
当たれば致命傷の攻撃を易々と交わすアノンに、騎士たちは思わず攻撃の手を止めて呆気取られる。
「……そんな、バカな」
剣を交わすことは、常人ではあればまず不可能な芸当だ。しかも連撃を交わすとなると、それはもはや超人という言う他なるまい。
卓越した身のこなしを披露したアノンは、目を瞬かせると、
「あれ、もうこれで終わり?」
と、騎士を煽るような問いを投げた。
決して挑発ではないのだが、騎士たちはそれを愚弄されたと勘違いしてしまったらしい。
「ふざけるなよッ!」
鋭い呼気とともに騎士たちがアノンに迫って来る。
「僕、思ったんだけど、これってセイトウボウエイ? ってやつにならないかな」
姉が教えてくれたが、襲われている時に反撃するのは罪に問われないらしい。
己の身を守る為の攻撃。たしかそれ正当防衛と呼んだ気がしたので、アノンはポンッ、と手を叩くと、
「うん! これは決して僕から吹っ掛けた喧嘩じゃない! だから、僕が今からするのはセイトウボウエイだ!」
覚えたばかりの言葉を使えば、不思議と姉に対する罪悪感と騎士たちへの申し訳なさが消えた気がした。
おかげで、遠慮なく反撃ができる。
「死ね!」
「それ騎士が言っちゃダメじゃない?」
ひょいっ、と攻撃を避けて、アノンは壁を蹴る。べつに壁を蹴らなくても騎士の頭くらい簡単に打ち抜けるが、なんかこっちの方がカッコいい気がした。
「セイッ!」
壁を伝って跳躍すれば、振り下ろした剣を構える最中の騎士の頭に足蹴りをお見舞いする。
無邪気かつ容赦のない一撃(正確には威力はかなり落としているが)に、騎士は泡を吹きながらノックダウンした。
「二人目」
調子が上がって来た。
ペロッと舌を舐めずさる様は、さながら悪魔のようだった。
「くっそ⁉」
「遅いよ。本当にちゃんと鍛錬してる?」
無闇に振るった攻撃では、アノンに当たるはずもない。
怪しく光った真紅の瞳。それが――
「っ⁉ 消え……」
「いるよ。後ろに」
目に映らぬ速さ――否、騎士とアノンの体格差が、アノンが高速で移動したような錯覚を陥らせた。
騎士よりも頭一個半分小さいアノン。その身をさらに低くさせ、気配を殺して騎士の背後に回ったのだ。
「三人目」
「――ガッ」
首筋に手刀を入れて、三人目の騎士を無力化させる。膝から崩れ落ちた騎士を見下ろして、再び顔を上げる。
「さて、次は誰を沈めようかな」
次の標的を捉える真紅の瞳。
それが怪しく光る様は悪魔というより――『死神』だった。
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