第12話 『 助けた少女とお兄ちゃん? 』


「【ファイアボール】!」

「ちょっと! 一般人にマホウを使うのは規律違反ですよ⁉」


 立て続けに騎士の三人を戦闘不能にしたアノンを脅威と直感したのだろう。本来ならば慌てている女騎士の言う通り、騎士が一般人に対してマホウを行使するのは国の法律として制限されている。


 ただアノンと対峙している騎士に、今はそんなことを危惧している余裕はなかった。


「へぇ。マホウ使えるんだ。三番目シルバーだけあって流石だね」


 真っ直ぐにアノンに向かって来る火玉。威力は後ろにある壁を壊すには十分で、その灼熱の塊は主の命のままアノンの命を奪おうと襲う。


「避けれないや」


 避けることなど造作もないが、後ろに守るべき少女がいるからアノンは動けなかった。


「そのまま燃え尽きろ!」


 騎士が邪悪な笑みを浮かべがなら吠える。

 そして、アノンは向かって来る火玉の熱に焼かれて――


「あつ」


 直撃した。


 直撃はしたが、アノンは燃え尽きることはなく、ほぼ無傷だった。


「「なぁ⁉」」


 素っ頓狂な声が一斉に上がる。


 騎士たちが驚愕するのも無理はない。【ファイアボール】は【ファイア】と呼ばれるマホウの上位互換であり、一般人が受ければそのまま黒焦げになるか、辛うじて生きていても瀕死の重傷を負うかの二択しかない。


 それほどの威力を誇るマホウを、アノンは「あつ」の一言で済ませたのだ。


「……何なんですか、貴方は」

「ただの一般人です」


 怯えるような声音で問いかけられて、アノンは素っ気なく返す。そして、地面を蹴った。


「遠距離マホウを使える騎士を相手にするのは少し面倒だから、そこで寝てて」

「くっそ!」


 吶喊するアノンに、騎士は奥歯を噛みながら剣を振るった。その一閃を跳躍で交わす。


「なっ⁉」

「四人目」 


 頭上を軽々と飛び越えたアノンに騎士は呆気取られたまま、顔を撃ち抜かれる。


「次は、アンタだね」

「ひぃっ⁉」


 着地と同時、アノンは目の前で倒れた騎士の近くにいたもう一人を捉えた。


 惨劇を目の当たりにしてすっかり気力を失った細めの騎士に、アノンは遠慮なく一撃を浴びせる。


 正拳突きがみぞおちに入り、騎士は悶絶しながら崩れ落ちる。


「五人目」


 そして、役目を放棄しようとして逃げる六人目を捕まえる。


「逃げて援軍呼ばれるのも面倒だし、ここでしばらく伸びててください」

「ま……」

「待たない」


 そろそろ一方的な蹂躙も飽きてきたので、懇願を無視して顔に蹴りを浴びせる。一人目の時と同じように泡を吹いて倒れた騎士を、アノンはもはや一瞥もくれることなく残った騎士に臨戦態勢をとる。


「こ、こんなの……ありえない」


 ふるふる、と目の前の惨状を否定するように首を振る女騎士。

 悲壮に満ちるのも無理はなく、アノンは同情する。


「あ、貴方は何者なんですか⁉」

「だから一般人です。ただの」


 そう答えれば、しかし女騎士はありえないと否定する。


「そんなはずないです! どうして一般人が、【LV65】の私たちを倒せるんですか⁉」

「いやぁ。一般人の中にも騎士に勝てる人はいると思いますよ」


 極少数だとは思うけれど。


「高レベルが六人ですよ⁉ それを一度に相手できるなんて、それこそ『称号』持ちくらい……」


 そこまで言いかけて、女騎士がハッとする。

 マズい。


「もしかして、貴方……しょうご――」

「ごめんねお姉さん。それ以上先は言っちゃダメ」

「――っ⁉」


 女騎士がとある単語を声に出そうとした刹那、アノンは目にも止まらぬ速さで彼女との距離を詰めた。そして、彼女が驚愕に目を見開くとほぼ同時、他の騎士よりも威力が強い拳打を腹に浴びせた。


「くはっ……こ、降格は、いや……だ」


 そんなことを吐き捨てて、最後の七人目も倒れてしまった。


 話せば分かりそうな目下の女騎士には申し訳ないことをしたと思うものの、アノンの秘密に触れようとしたから流石に力を調整する余裕がなかった。


 ただ、他の男の騎士たちと違って、寸前まで意識を保っていたので、この女騎士は見た目に反してタフだ。まぁ、アノンの前にはあえなく撃沈したが。


「ふいぃ。いい運動にはなったなぁ。久しぶりにこんな身体動かしたからだいぶ鈍ってるなぁ。明日から鍛錬しないと」


 額に滲んだ汗を拭いながら一息吐けば、アノンはゆっくりと歩きだしていく。

 足が進む先は、この戦闘――否、アノンによる蹂躙を大人しく見守っていた少女。


「大丈夫? 怪我はない?」


 フードを取り、目線を少女と同じくらいにまで下げて尋ねる。しかし、少女はアノンをジッと見つめたままで何の反応もしなかった。


「うーん。こういう時どうすればいいんだろ。姉さんに教えてもらってないや」


 人との関ることが少ない生活を送っているせいで、うまく言葉が出てこない。

 困り果ててしまってぽりぽりと頬を掻いていると、


「うおっ」


 突然。少女がアノンに抱きついて来た。


「なになに。どうしたの?」


 疑問を浮かべながら困惑していれば、頭をぐりぐりと押し付ける少女が顔を上げると、


「おにいちゃん!」


 パッ、とまるで花が咲いたような可憐な笑みを魅せながら、アノンのことをそう呼んだ。


「――ひょえ?」

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