第7話 『 ヤバい姉ちゃんのヤバい正体 』


「はい。アノン、これ宜しく」

「うん」


 賑やかだった朝食も終わり、今は姉弟仲良く食器を洗っている最中だった。


 カチャカチャ、と食器が擦れる音に心地よさを覚えながら、アノンは「そういえば」と思い出す。


「姉さん。さっきドタバタしていたせいで聞くの忘れちゃったんだけど、今日は学院に行くの?」


 姉であるリアンは、この国の最高学府――国立グレアスフォール剣修学院に在籍している。とはいってもリアンは既に卒業に必要な〝単位〟なるものを取り終えているらしく、行くのは必修である剣の試験や気が向いた時だけ。数年前はほぼ毎日通っていたが、半年前から家にいることが多くなった。なのに学院序列1位というのは、改めて、姉・リアンが秀才であることが思い知らされる。


 ――やっぱ姉さんは凄いなぁ。僕とは大違いだ。


 そんな立派な姉と自分を比べて、密かに落ち込んでいるアノンに、リアンは泡の付いた手で髪毛を耳によけると、


「え? あぁ……ううん。今日は学院には行かないわよ。どうして?」

「いや、だって今日、姉さん学院の制服着てるから」

「あぁ。なるほどね」


 リアンはアノンの疑問に納得したように嘆息すると、


「今日は、バカ親父に呼ばれてるのよ」

「……へぇ」


 リアンの言葉にアノンの声音がわずかに落ちる。その後、リアンは説明するのを躊躇った様子だったが、はぁ、と吐息すると、


「一カ月後に、建国祭があるでしょう。だから、そのセレモニースピーチをやれって、あのバカに頼まれたのよ」

「あはは。それは大変だねぇ」


 嫌々といった顔のリアンに、アノンは苦笑した。

 そんなアノンに構わず、リアンは食器を洗いながら愚痴をこぼす。


「そもそも。なーんでこの私が建国祭なんぞでスピーチをやらにゃならんのよ。私はアノンとイチャイチャライフを送るのに忙しいって言うのに」

「仕方ないんじゃないかな。こればかりは姉さんにしかできないことだと思うし」

「いーえ。こんなの、誰がやろうとも変わらないわよ。クダらない演説につまらない舞踏会。あんな動きづらいドレス着るくらいなら裸で剣技振るったほうがマシだっていうのよ」

「それだと姉さん、風邪引いちゃうよ?」

「アノンは優しいわね。でも大丈夫。本当に裸で剣は握らないから。……フリじゃないわよ」

「なんのフリなのさ」


 姉の理解不能な発言に嘆息しつつ、アノンは水気を取った皿を食器棚に置いていく。


「でも、そっか。もしかしたら今月は姉さん忙しいかもなんだ」


 健国際でスピーチをやるということは、自然と王城に足を運ぶ機会も多くなるということ。つまり、姉といる時間が少し減ってしまう訳だ。それは寂しくも思うわけで。


 そんなことを思惟していると、丁度全ての食器を洗い終えたリアンが水を止めて声の調子を上げた。


「なになに? アノンたら、もしかして、お姉ちゃんと離れるのが寂しいの?」


 ニヤニヤ、と挑発めいた笑みを向けるリアンに、アノンは平然と言った。


「そりゃね。だって、僕、ここで暮らし始めてからずっと姉さんと一緒にいたし、姉さんと勉強できる時間が減るのは寂しいよ」


 ありのままの感情を吐露すれば、リアンは顔を真っ赤にさせた。

 そして、食器を棚に置いた瞬間に思いっ切り抱きしめられた。


「あーもう! アノンたら嬉しいこと言ってくれちゃって! そんなにお姉ちゃんと離れるのが嫌なら最初から言ってくれればいいじゃない! 私の生きる理由はアノンなんだから、アノンが私といることを望むなら健国際のスピーチなんて蹴ってくるわよ!」

「それはダメだよ。これは姉さんに与えられた使命なんだから」

「いいえ! 私の使命はアノンと一緒にいることよ! 国なんてどうでもいいわ! いっそ二人で国外逃亡でもしちゃう⁉」

「急にスケールが大きくなった⁉ もう、そんなこと言ったら、国民の皆が悲しんじゃうよ?」


 姉を必死に窘めれば、不服そうな顔した。


「でもでもぉ、私は国民よりもアノンの方が大事だしぃ」

「そんなこと言わない。姉さんは僕だけのものじゃないんだから」


 言葉通り。姉は――リアンは、アノンだけのものではない。


 彼女には、生まれながらに背負った使命がある。その華奢な身に不釣り合いなほど大きく、重圧な使命が。


 姉が嫌がる健国際のスピーチだって、彼女が務めて然るべきだとアノンも理解しているから、彼女を勇気づけるのだ。


 だって、姉は――


「姉さんは、この国の次代を担う――女王なんだから」


 そう。アノンの姉は――現国王の実娘なのだ。 


 その真名は、リアン=グレア。


 姉・リアンは、【独立国家・グレアスフォール】の時期女王である――。

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