第3話 『 クリムゾンスケール 』


 誰かが言った。


 この世界には眩い光を放つ者もいれば、それと対をなすように底知れぬ深い闇を纏う者もいると。


 それを聞いて、少女はふと思った。


 ――なら、私はどっち?


 硬く閉じられた部屋。自分では開ける事のできない部屋で、少女は今日も独りで遊ぶ。


 部屋の大きさは人ひとりが問題なく過ごせるほどにデカい。部屋の形は円形で、床は真っ白な大理石にカラフルなカーペットが敷かれている。これは少女に気に入ってもらえるよう、ここに住む者が勝手に敷いたものだ。ドーム状の天井には夜空のようなタイルが敷かれていて、そこに数多ほどある星に似た結晶が装飾されている。


 そんな部屋には、沢山の遊具や玩具が散々としてひどい有様だった。どれも少女がやりたい放題に遊んで、片付けもせずに次の玩具に好奇心が映ってしまった結果だった。


 そんな少女が今手に取って遊んでいるのは、帽子を被った兵隊の人形とお馬の茶番劇おままごとだ。


「ちゃぷーん。ちゃぷーん。ちゃぷーん」


 陽気なリズムを刻みながら、少女は兵隊とお馬の人形をお話させてみたり、じゃれさせたりする。


 なんとも微笑ましい光景だ。誰かが見ていれば、きっとその微笑ましさに笑顔になることは間違いないだろう。――けれど、この部屋には少女以外の気配は誰一つとしてなかった。

 大きな部屋に、少女の一人芝居だけが木霊する。


「ぱから、ぱから。ひひーん? ひひーん! ぱっから、ぱっから……」


 左で馬を走らせて、右手で兵隊が逃げる馬を追いかける。


 その繰り返し。これに、何の意味があるのかは、そして何の劇なのかは、少女すらもよく分かっていない。ただ面白いから、少女は手を動かしているのだ。


「――んぅ?」


 逃げる馬が兵隊に掴まった時だった。ギィィィ、と後方から軋む音が聞こえて、少女はそちらにあどけない表情のまま振り向いた。


 少女の茶番劇おままごとが、道化じみた観客の登場によって唐突に終演を迎えた。


「お待たせしました。アイリス様」


 部屋に差し込む僅かな光。その光が、男の影を少女――アイリスの元まで伸ばす。それはまるでアイリスを闇で侵さんとするように。


「さぁ。共に参りましょう――人間の叡智へと」


 男は口角を上げて、アイリスに微笑みながら言う。


 アイリスは男その言葉に、呆然としたままゆらりと立ち上がった。


 手に持った兵隊とお馬がカラフルな床に落ちて、無造作に転がる。


 その真っ黒な瞳は、少女が光の向こうへ向かって、己が闇に呑まれるまで見つめていた。

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