第2話 『 人類最強は弟好き 』


この世界が創生されてから人類で初めて頂きに到達して、彼女はいつしか人類に【人類最強】と謳われるようになった。


 その才能が本当は弟のものである事を、この世の誰も知らない。知らないくせに、人は彼女を崇め、羨望し、そう謳うのだ。彼女からすれば、それが吐き気が出る程不快だった。


 これに何の価値があるのかなんて彼女にとっては心底どうでもよくて、ただ彼女は自分の存在価値と存在理由は弟の為だけにあると断言できた。


 そう思うのも、ずっと、過去から続く贖罪の気持ちだった。


 自分が弟よりも、少し先に生まれただけ。それだけなのに、それが醜い。


 どうして、自分が弟より先に生まれてしまったのだろう。自分が彼の妹であったならば、ましてや生まれてもなければ、自分が歩んだレールは弟のものだった。


 覗き込む水面に映るのは、過去の儚い弟の笑顔だった。あの笑顔をいつか、満面の笑みにしたくて、取り戻したくて、死に物狂いの努力をした。奪ってしまった才能に報いる為に続けてきた努力が、いつしか彼女を誰も到達できなかった至高の領域へと到達させた。


 この不釣り合いな称号のおかげで、今があるのが業腹ではあるが。


 そして周囲も、弟の為に努力してきたことを心情を知りもせずに勘違いして彼女に変な期待をかけてきた。それを、彼女は胸裏で鼻で笑いながら過ごしていた。


 お前たちの為じゃない。全て弟の為だ。彼に安寧の暮らしをあげる為に、必死に血反吐を吐き続けたのだ、と。


 ――だって、私はあの子のお姉ちゃんだから。


「貴方だけよ。貴方だけに、私はこの命を賭すと決めたの。貴方が生まれた、あの時から」


 静謐な空気を浴びながら、歌うように誓う。


 腰まで届く黒髪は優麗で歩く度に波を打つ。整った顔立ちには、少女という幼さはなく女性の特有の凛々しさを感じさせる。ツン、と立った小さな鼻。色香ある妖艶な紅い唇。極めて目を惹くのは、まるで宝石のように美しく輝く、真紅の瞳。


 彼女の存在そのものが他者から逸脱していて、歩けば誰もがその美貌に立ち止まる。それ程に、彼女は美の体現者だった。


 そんな美さえも、彼女にとってはただの付属品オプションでしかなかった。


「私の体も心も、全てはアノンのもの」


 彼女にとって、異性とはたった一人だった。親愛する弟――アノンのみ。


 それが血の通う姉弟であろうと、彼女――リアンは関係なかった。


 言葉通り、リアンはアノンに何かもあげたい欲求がある。この美貌も、心も――勿論、乙女の純潔も。


「ダメダメ! そんなこと恥ずかしくて絶対に言えない!」


 私の純潔を貰ってアノン。と脳内再生してみれば、リアンは顔からボンッと火が噴いた。


 脳内再生しただけでもこの始末なのだから、実際に口に出したらリアンは確実に恥ずかしくて死ぬ気がした。


「はぁ。いったい、いつから私はこんな変態になってしまったのかしら」


 自分が変態だということは自覚しているが、それでも弟を大好きな気持ちが変わらない。


「こうなったのも全部、アノンのせいなんだから」


 変態を作ってしまったことの責任を丸ごと弟に責任転嫁して、リアンは涎を垂らした。

 今日も今日とて、朝から弟のことで頭が一杯。


「ぐへへ。今日もアノンの寝顔をご堪能と行こうかしら」


 ――それが、リアンの一日が始まる合図だった。

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