p.16 時間は不思議です(2022/12/12)

「今日は祝祭の飾りつけを準備するわ!」

 緩い三つ編みで髪をまとめた魔女は、ざっくりとした編み目が印象的な象牙色のニットワンピースに生成色のタイツをあわせていて、いかにも寛ぎの時間といった雰囲気だ。

 しかし広い袖をまくり、テーブルに広げた植物やら結晶石やらを検分する姿は真剣そのもの。こっくりとした葡萄酒色の瞳には、楽しげでありながらも魔女らしい、鋭利な光が見え隠れしていた。

(祝祭準備の期間も、もう半分もないのだもの……)

 人間の持つ時間感覚は不思議だ。

 寿命が短い分、彼らはわずかな時間の中で多くのことをしなければならない。時代の流れだといって常に変化を求めているし、街並みにしても、魔女がファッセロッタに住み始めてからまだ十年と少ししか経っていないこのあいだだけでも大きく様変わりしている。

 あれもこれもぎゅうぎゅうに詰め込んで、玩具箱のようだ。

 だというのに、人間のように予定を玩具箱にしてみたこの期間を、魔女はいつもよりずっと短く感じていた。 

(人間は、なんて短く、濃密な時間を生きているのかしら)

 ほう、と息を吐いた魔女は、香木や乾燥させた花を束ねて輪っかにして、紺青色に染まった木の実や結晶石を飾っていく。


「祝祭聖樹には、今年も星を飾るのかい?」

 ぽつりと家が呟いたのは、魔女がキャンドルに立体絵の魔法を込めている時であった。様々な季節の森の景色や動物の姿が、灯る火の中に映るようになる。

「ええそうよ。星降りは……二日後ね。いつもの、追憶の丘へ行ってくるわ!」

 ちらと星読みの砂時計を確認し、魔女はにこやかに予定を決める。それから、ふっとなにかを思い出すように目を伏せた。

「…………魔術師さんも、聖人のオーナメントを飾るのかしら」

「どうだろうね……彼も人間だし、そうかもしれない……」

「最後の聖人さん、よね……」

「うん……」

 そんなふうに魔女たちがしんみりしてしまったのは、人間が祝祭聖樹のてっぺんに飾る物――最後の聖人を思い出したからだ。

 かつて魔女の対となるものとして存在し、人々の信仰を集めていた聖人。彼らは魔女のように大きな力と長い寿命を持ち、魔女よりもずっと深く人間に関わることを好む生き物であった。

 しかしある時、空をも手に入れようとした欲深い人間に唆されその支配を試みたことで、空の逆鱗に触れたのだ。

 最後の聖人というのは、怒れる空の鉄槌をかわし続け、ついには星を落とすことに成功し、しかしその衝撃で命を落とした愚か者である。あの時は多くの国が滅びたし、聖人たちを諌めようと奮闘した魔女らも少なからず被害にあったものだと、魔女は遠い目で過去を思った。

「彼はなんというか……少年らしさのある人だったわね」

「そうかもしれないね。……君があの聖人を家に招待した時は驚いたけれど」

「あら。彼が押しかけてきたのよ。『この地は素晴らしい星読みができるに違いない!』って」

 結局、当時魔女が住んでいた場所の見晴らしは彼の満足するところではなかったらしく、聖人は大荷物を抱えてきた割にひと晩で帰っていった。

 星に魅せられた聖人が、星を欲し、星に滅ぼされた物語。

 現代の人間は、そんな聖人との絆を祝うために祝祭があると信じているが、星の素晴らしさを讃え、空の怒りを鎮めるのがもともとの祝祭なのだ。

(本来の意味が忘れられても、魔法や魔術が動くことに変わりはないし、こうして形が残るならいいのだろうけれど)

 試しに火を灯したキャンドルが、星の煌めきを宿す。壁に映る影はさながら星空のようで、魔女は感傷的な瞳でそれを見つめていた。


『魔術師さんは、この準備期間があと半分もないことに気づいていましたか? 時間は不思議です。これだけたくさんのことがあっても、一瞬のことのように感じてしまうのですもの。……ふふ。遠い過去のことを思い出していたので、なんだかおかしなメッセージになってしまいましたね』

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