第22話 第5回ブラインドティスティンググランプリ


「お世話になっております。麗国ホテルの、礼子です。お久しぶりです。実はおりいってお話が……」


 礼子は自慢の"綺麗で丁寧を装った外面"で、片っ端から電話をかけ続けていた。

 以前は、ネットからテレビに至るまで、様々なメディアがこぞって礼子へ取材を申し入れてきたもの。

しかし、今はどこも興味を示さず、梨の礫である。


「どうしたら良いの……これから私はどうしたら……」


 既にホテル内はかつての活気を失っていた。

誰もが会社の将来を不安視し、逃げ出せるものは逃げ、難しいものは日々の業務をただ淡々とこなすだけ。


 かつては多くのお客で溢れ、有名人なども多数招いていた老舗ホテルは風前の灯であった。


 そして不意に彼女の視線が止まったのは、今や郵便物や資料の置き場と化した"かつて緑川 智仁"が使っていたデスクだった。


「やっぱり彼を手放したから、こうなったの……? まさか、そんな……」


 立った1人の人間が居なくなったくらいで、こんなことになるものだろうか。

 礼子はぼんやりとそんなことを考えつつ、何気なくデスクの上から、未開封の雑誌を拾い上げる。


 かつて、緑川 智仁が購読していたワイン専門誌。


 そういえば彼はいつもこういう雑誌で情報を仕入れて、接客に活かしていたような。

もしかすると、ここに起死回生のヒントでも?


 礼子は何気なく雑誌を開いてゆく。

そして一つの記事が礼子の目を引いた。



【第5回ブラインドティスティンググランプリ】



 日本最大のソムリエなどが所属する社団法人が主催する大会の募集要項だった。

一般人からプロまでが参加できる、この大会。


 ワインをブラインドティスティングし、正答率で順位を決めるらしい。


(コレだわ! 私がずっと探し求めていたこと!!)


 もしもこういう大会で優勝ができれば、自分に箔がつけられるのではないか。


 箔がつけば世間は彼女のことを見返して、再び注目をしてくれる。


 そうすれば業績は回復するはず。


 正直、接客は苦手な礼子だった。

しかしブラインドティスティングに関しては、緑川 智仁でさえ、礼子の実力を誉めていた。


(智仁さえ誉めていた私だったら、きっと……!)


 礼子は雑誌を手に、事務所から飛び出した。

そして黒松が事務所としているセラールームへ向かってゆく。


「黒松! これに出るわよ! あなたも応募なさい!」


「れ、礼子さん? これは……」


「私とあなたで上位を独占するわ! 良いわね!?」


「上位って……」


「さぁ、今日から特訓よ! これで会社を救えるわ!」


「……かしこまりました。がんばりましょう」


 2人揃って上位を狙う。

それほど難しいことはない。

しかし礼子が言い出したら聞かないのは、もう随分前からわかっていたこと。

だから黒松は渋々彼女の提案を受け入れる。


(BTGで優勝、あるいは入賞できれば……!)


 それに黒松自身も、大見えを切って、ネオオーニタホテルを飛び出した身だ。

このまま落ちぶれるわけには行かない。

彼もまたどんな手段を講じてでも実績を欲しているのだった。


●●●


「お? みんないらっしゃい。今日もブラインドティスティングかい?」


「そう! みんなで大会に出てみようって!」


 李里菜はワインラバーの会に入って以降、物凄くワインにハマっているらしい。

仲間達と楽しそうにワインへ向き合う。

この飲み物を好きになって、これほど楽しいことはない。


「トモは出ないの?」


「え?」


「ブラインドティスティンググランプリ」


「あー、BTGのことね。そうだな……」


 近く大会があることを今知ったばかりだ。


 この大会は既に5回目を迎えていた。

優勝者は華々しく表彰されている。

やはり"優勝"という肩書きは魅力的だ。

フリーランスの俺に取って、ここで結果を残すことは、良い宣伝材料にもなる。


 あまりこういう大会が好きではないけど……李里菜達が出場するなら、引率気分で参加をするぐらい……



……

……

……



「みんなファイトなのです! 目指せ本戦出場なのです!」


「「「おーっ!!!」」」


 まるで体育会系のサークルかのように、石黒さんのコールで始まった第5回ブラインドティスティンググランプリ。

そして女子大生の輪の中には、ちゃんと李里菜も加わっている。


 李里菜がこういう大会に自分から出たいというほど、ワインに興味を持ってくれた。

これほど嬉しいことはない。


「トモ!」


「はいはい、なんでしょ?」


「円陣、加わる!」


「ええ!? お、俺も!?」


 冗談ではないらしく、石黒さんをはじめ、ワインラバーの会の面々はじっと俺を見つめていた。

仕方ない、やってやるか!


「改めて……みんなファイトなのです!」


「「「おーっ!!!」」」


「お、おう……!」


 まさか30過ぎて、こんなことをすることになるだなんて。

実はずぅっと文化系の部活ばかりしていた俺。

こういうことをするのは初めてで、案外楽しかったりした。


……

……

……



 第5回ブラインドティスティンググランプリ。

これの予選は全国五会場で開催されている。

そして主な参加者が集うホテル吟醸苑の宴会場には、数えきれないほどの参加者がいた。


 やがて参加者全員へ、赤ワインと白ワインがそれぞれ2杯ずつ、そし1杯のワイン以外の飲料ーー合計5杯が供出された。


 雰囲気はまるでソムリエ試験の2次試験にそっくりで、久々に身の引き締まる思いだった。


 さてさてどんな結果になるのやら……



……

……

……



「みんな分かったですか!?」


「ワタシはお付き合い受験ネー。聞くんじゃないネー」


「たぶん、一つは合っているはず……! 2番はリースリング!」


「トモはどうだった?」


 どうやらちんぷんかんぷんだったろう李里菜が、帰りの電車の中で聞いてきた。


 なんだか石黒さん達も、期待の視線を寄せてきている。

 正直、俺だって自信はないけど……


……

……

……



 今日受けた、ブラインドグランプリの課題飲料と予選通過者の発表は当日の15時からと案内されていた。

しかし時間になってもなかなか公表されなかった。

まぁ、これはあるあるだ。

特に気にしているわけでもないので、俺は仕事の事務作業を始める。


しばらくするとスマホへ日髙さんから着信が入って来た。


「おめでとうございます、緑川さん! やっぱり凄いですよ!」


「ど、どうしたんだいいきなり?」


「あれ? BTGの予選結果、まだご覧になってません……?」


 俺は急いで結果発表ページを呼び出す。

するとーー


「トモ、おめでと!」


 嬉しそうな顔をした、李里菜も部屋へ飛び込んでくる。

しかしスマホを見た途端、やや顔を曇らせる。


「電話、誰?」


「ひ、日髙さんだけど……」


「ふぅん」


「ちょい待ち! 日髙さん、ありがとう! 話はまた後日……」


 しかし既に、日髙さんとの通話は終わっていたのだった。


 なんで李里菜は、こんなにも日髙さんにライバル意識持ってるんだろう……


 とりあえず気を取り直して、結果発表ページへ視線を移した。


 間違いないく、そこには決勝出場者として俺の名前が記載されている。


 まさか、こんなことが起こるだなんて……


 原因を確認すべく、今度は今日供出された飲料の銘柄発表欄へ視線を移した。


「1番 白"ローズシオター" 2020年 日本」

「2番 白リースリング   2018 オーストラリア」

「3番 赤サンジョベーゼ 2020年 イタリア」

「4番 赤"クシノマバロ" 2019 ギリシャ」

「5番 その他飲料 "日本酒" 吟醸 美山錦」


……まさか、ギリシャの赤ワイン用品種が出るだなんて……さすがにそれは外した。


 だがそれ以外はほとんど正解をしていた。


 そしてもう一つのまさかが……ローズシオターだ。


 昭和初期の新潟県で開発されたのがこの品種。

栽培しているところは非常に少ない。というか、ほぼ一箇所。

ローズと名前がつく通り、花のような香りと強めの酸が特徴のワインとなる。

 もしやと思って回答してみたが、本当に正解だなんて。


「トモ、すごい! 決勝頑張って!」


「お、おう」


「……どうかした?」


 結果に驚いているのもある。

しかしそれ以上に、驚きなのが、同じファイナリストの欄へ【麗国 礼子】と【黒松 健二】の名前が載っていることだった。

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