婚約破棄をされ、職と家族を失ったら……姪っ子(かなりの美少女)と同棲することになりました。〜ワインとつまみと姪っ子の力を借りて、フリーランスソムリエとして再起します!~
第10話 ローストビーフでお祝い! 泡の出るワインはシャンパン? それともスパークリングワイン?
第10話 ローストビーフでお祝い! 泡の出るワインはシャンパン? それともスパークリングワイン?
「……本当に大丈夫か?」
俺はスマホに表示された業務委託契約書へ視線を落としつつ、そうこぼす。
別に等々力を信用していない訳ではない。
こうしてすぐに契約書を用意してくれたし、報酬の規定だって悪くは無かった。
李里菜の俺の想定年収を基礎とした生活費計算とも合致している。
とはいえ、会社員時代とは違い、これからは自分で仕事を作り出してゆかねばならない。
ぼぉーっとしていても、誰も給料は支払ってはくれない。
身の引き締まる思いだった。
しかし同時に、やる気がメキメキと湧いているのも確か。
「いっちょやっってみるか! フリーランスソムリエとやらを!」
何はともあれ、無職では無くなった。
状況は整ったことだし、そろそろ李里菜へ謝罪と共に、真実を告げる頃合いだろう。
「ただいま」
「おかえりなさいっ!」
夕方5時に帰宅すると、いつものように李里菜がで迎えてくれた。
でも、いくら大学生でも少し早すぎじゃ?
「早いね」
「今日午後の講義、休講になったから。それよりご飯、お風呂?」
「今日は第三の選択で」
「?」
「す、少し話をしよう」
キョトンとする李里菜の背中を押して、俺たちはリビングの椅子へ座り込む。
「トモ……?」
李里菜は不安そうな表情で俺のことを見つめている。
ああ、止めてくれ、そんな切なげな顔は。
君は晶さんのように笑っている顔が一番よく似合う。
「李里菜、実は俺、つい昨日まで無職だったんだ! ずっと騙していて本当にごめん!」
俺はそう声を張り上げ、深く頭を下げた。
「でも今日ようやく、仕事が一つ決まったんだ。李里菜が計算してくれた、俺の想定年収とも合致しているから、当面の生活には問題はない。でもうかうかしていると、いつまた無職になるかわからない! でも、俺頑張るから。せめて李里菜が大学を卒業するまでは、この生活が続けられるよう一生懸命頑張るからっ!」
一通りいいたいことは吐き尽くした。
一瞬、部屋が静寂に包まれ、自分の拍動の音だけが聞こえている。
李里菜からの反応は今のところなし。
唖然としているのだろうか……と思っていた時のこと。
「ーーっ!?」
「おめでと……!」
何故か李里菜は俺の頭を撫で始めていた。
身内とはいえ、美少女で、更に憧れの人の娘にこんなことをされている。
しかも三十路を迎えた、おっさんが。
嬉しいような、恥ずかしいような。
「り、李里菜さん? 何を……?」
「ち、違った? 良いことあった時、お父さんとお母さん、こうしてくれた、けど?」
「そうなんだ」
「……あと、知ってた。トモ、無職だったの」
「ええ!?」
爆弾発言が飛び出し、思わず頭を上げた。
「この間、トモのいたホテル電話した。トモが遅かった日……そこで辞めたって知った」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
「しかもトモ、毎日スーツ着て出かけておかしいと思ってた。だって、前のトモ、仕事の時スーツで出かけなかった」
「よくそんなことまで覚えていたな……」
ホテルは年中無休なので、正月なんかも基本的に休みはない。
だから世間一般の長期休暇の帰省中であっても、途中で抜けて、仕事に行くことはあった。
でもホテルの更衣室で、着替えるから基本的に普段着で出勤してもほとんど問題はない。
李里菜はきっとそういった俺の姿を覚えていたのだろう。
てか、記憶力良すぎ……
「でも、私、トモのこと信じてたから!」
李里菜は淀みなくそう言い切ると、椅子から立ち上がる。
そして財布を覗き込んで、頷くと足早に飛び出してゆく。
「お、おい、どこへ!?」
「お祝い! トモは待ってて! あと冷蔵庫覗いちゃだめっ!!」
そう李里菜は一方的に言い放ち、マンションから出てゆく。
冷蔵庫の中身は気になるけど……言われた通り、覗かないでおこう。
……そうして待つこと数十分後、息咳きらせた李里菜が帰宅する。
「ただいまっ!」
「おかえりー。その手に持ってるのって……」
「トモの就職お祝い! お祝いといえば、シャンパンっ!」
李里菜は重厚なワインボトルを掲げて見せた。
発泡性のロゼワインではある。
でもエチケット(表ラベル)にしっかりと"CAVA(カヴァ)"と書かれていた。
更にボトルの首の辺りには"Semi-sec(セミセコ)"という表記も。
明らかに"シャンパンではない"
だけどせっかく李里菜が俺のために急いで買ってきてくれたことだし、ここで間違いを指摘するのはナンセンスだ。
それよりも、彼女が一生懸命選んで買ってきてくれた"スパークリングワイン"を今すぐにでも飲みたい。
「ありがとう、李里菜! すごく嬉しいよ!」
「お食事、用意しますっ!」
李里菜は冷蔵庫へ飛びつくなり、中からビニール袋に包まれた、美味しそうな肉の塊を取り出す。
「ローストビーフ! 炊飯器で作った!」
「炊飯器で!? 凄い!」
「動画見て作ってみたくて、やってみた! 今、盛り付ける、ね!」
スパークリングワインとローストビーフの相性は意外と良かったりする。
意外とあっさりとしているローストビーフと、発泡性のワインの泡がうまく溶け合うからだ。
李里菜は野菜などで綺麗に盛り付けられたローストビーフを机へ置いた。
そしてCAVAと一緒に買ってきたチーズや、バゲット類を並べてゆく。
さすがはお祝い。我が家の勘定奉行様も、今日だけは大奮発してくれているらしい。
そしていよいよ李里菜はCAVAを抜栓すべく、コルク栓抜きを握りしめた。
「コルク抜きは使わないよ」
「そう、なの?」
「うん、手で開けられる」
瞬間、李里菜は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、俯いてしまった。
「あ、あ! ご、ごめん!」
「……トモ……開け方、教えてくれる……?」
相変わらず頬を真っ赤に染めている李里菜は、恐る恐るそう聞いてきた。
「もちろん! じゃあまずは……」
「まってっ!」
「なに?」
「……手……」
「て?」
「て、手取り、足取り教えてほしいっ……」
「お、おう」
李里菜はチラチラと自分の後ろを何回も見た。
これって後ろに回れってことか……?
確かにそうやった方が実際の抜栓はしやすいけども。
「早く開けよ? ワイン温ったまっちゃうよ?」
それもそうだと思って、俺はさっさと李里菜の後ろへ回った。
そういやお互い受験生だった頃は肩を並べあって勉強したっけ。
あの頃はまだまだ幼い面影だったけど、今や立派な大人になったんだと思い、感慨深いものがあった。
「まずはボトルの首の辺りに黒いつまみみたいのがあるだろ? それをつまんでぐるりと回せば、キャップシールへ綺麗に切れ目が入る」
「うん」
李里菜は言われた通りに黒いつまみを摘んで、ボトルネックを一周させる。
綺麗な切れ目が入って、キャップシールが容易に剥がせた。
そして見えてきたのが金具でしっかり固定された、コルク栓。
「金具外す、の?」
「金具だけ外すのは危ないから、まずはそこの布巾をかぶせて、しっかり握る」
「うん!」
「で、その上で、まずは金具の捻りを解く。でも布巾は離さないでね。暴発して、金具ごとコルクが飛び出してくることがあるから」
「わ、わかった!」
李里菜はしっかり布巾で金具とコルクを押さえたまま、針金で造られれた捻りを解いてゆく。
「じゃあ、ここからは……」
「ーーっ!!!」
俺は少し李里菜の背中へ身を寄せると、彼女へ手を重ねた。
一瞬、彼女は驚いたような様子を見せる。
正直、こういう体制は俺も恥ずかしい。
「こうした方がちゃんと教えられるから」
「わ、わかってるっ! 大丈夫っ!」
李里菜さん、あまり緊張してくれるな。
俺だって恥ずかしいんだから。でも、ここで集中しないと、ワインが暴発してしまう。
邪念は退散、退散。
「左手は布巾で金具とコルクをしっかり掴んだまま。右手でボトルの底を持って回して抜くよ」
「わかった……!」
俺は李里菜へ手を重ねつつ、ボトルの底をゆっくり回してゆく。
意外に瓶からのガス圧が強くて、コルクが勝手に抜け始める。
これはーーと、思った瞬間、栓が"ポンっ!"という軽快な音を立てつつ、盛大に抜けた。
ワインの吹きこぼれはなし。ギリギリセーフ。
「抜けたっ! 良い音!」
こうして音を立てて栓を抜くのはマナー違反なんだけど……李里菜が喜んでいるから、そこんところはまぁ良いかと割り切った。
お互いにグラスへワインを注ぎ合い、準備は完了。
「トモ、再就職おめでと!」
「ありがとう李里菜!」
互いにグラスを掲げるだけの乾杯。
李里菜も段々と色々わかってきているらしい。
李里菜が選んでくれたCAVAは本当に美味しかった。
Semi-Secーー日本語では"中甘口"や"薄甘口"と表現をする。
この絶妙な甘さが、今夜の気分にはぴったりだ。
李里菜の作ってくれたローストビーフとの相性も格別。
「トモ、このCAVAってどういう意味?」
おっと、まさか李里菜さんからその質問が来るとは。
「スペインのとある地方で産出された発泡性ワインのことをCAVAっていうんだ」
「シャンパン、じゃない?」
「シャンパンってのは、フランスのシャンパーニュ地方から産出された発泡性ワインのことを指すんだよ」
「そっか、これシャンパンじゃないんだ……」
真実を知った李里菜は、すごく残念そうに肩を落とす。
まぁ、こういった反応は多少予想はしていたけども。
「李里菜らしい発泡性ワインだと俺は思うけどな」
「えっ……?」
「CAVAはお買い得だけど、シャンパンと同じ製法を使っているんだ。いうなればスペイン版、シャンパンっていっても良いかもしれない」
「でも……」
「なによりも、このワインを李里菜が俺のために一生懸命選んで、買ってきてくれたことが嬉しいんだ。ありがとう、本当に。このワインの味は一生の思い出の味になるよ」
そういった瞬間、李里菜の頬がワインと同じロゼ色に染まった。
言った後で俺も、なんてキザなセリフを……と、頬の辺りに熱を感じてしまう。
「ありがと、トモ。嬉しいっ……!」
最高の李里菜の笑顔だった。
これからもこの笑顔を守るために、一生懸命働いてゆきたい。
またワインと向き合う勇気をくれた、この子のためにも……。
「ちなみに李里菜さん、ガチなシャンパンの値段をお教えしよう」
「ーーッ!? さ、最低5000円!? はわぁ〜……」
李里菜が卒倒するのも無理はない。
最近、ガチなシャンパンは本当に値段が上がったもんな……
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