婚約破棄をされ、職と家族を失ったら……姪っ子(かなりの美少女)と同棲することになりました。〜ワインとつまみと姪っ子の力を借りて、フリーランスソムリエとして再起します!~
第4話 美少女と一つ屋根の下で……スパイスの名を持つワインとカレーライス
第4話 美少女と一つ屋根の下で……スパイスの名を持つワインとカレーライス
「どうして俺のところへ住みたいんだ?」
とりあえず李里菜を家へ上げて、よく話をすることにした。
すると李里菜は、裏紙の束を取り出し、俺へ差し出してくる。
「計算してみた。学費、私1人での生活費とか、色々……」
裏紙には李里菜のいう通り、彼女が就職するまでの、かなり細やかな計算結果でびっしりと埋め尽くされていた。
「お金厳しい……」
確かにこれを読む限り、李里菜が大学を卒業する頃には、兄貴達の遺産はすっからかんにどころか、マイナスになってしまう。
「確かにこりゃ厳しいな。バイトしても足りなさそうなの?」
李里菜はコクンと頷いてみせた。
たしかにこの試算コンビニのバイト程度じゃ、到底足りそうもない。
昨今、李里菜と状況は違えど、高額な大学の学費や生活費の捻出に苦労している学生が多くいると聞いている。
だからその費用を捻出するために、特に女の子は……水商売や、パパ活、はたまた風俗や援助……
「だ、ダメだぞ! 李里菜っ! 早まるなっ!」
「ーーッ!? い、一緒に住むのダメ……?」
「あ、あ、いや、そのことじゃ……」
「?」
いかん、早まってしまった。冷静になろうぜ、俺……
「お、俺と暮らせば、その問題は解決できるんだよな……?」
李里菜は待ってましたと言わんばかりに、新たな裏紙の束を机へ叩きおく。
そこにもびっしりと、俺と生活による資産結果がびっしりと書き込まれていた。
「トモの年収知らないけど、30歳男性の平均年収を参考に、現実的な金額に直して計算してみた。違ってたらごめん……また計算する……でも、この計算なら、トモと私は……幸せになれるっ……!」
確かに想定される俺側年収は、ものすごく現実的だった。
ぶっちゃけ麗国ホテル勤務時代はこれよりも多く貰っていた
しかし今の俺は……
「どう?」
「よ、よく計算できてるよ。凄いじゃないか」
李里菜は自慢げに胸を張った。
どうしたものか。ここまで計算してくれた上で"今の俺は年収0円なんだよ"なんて、言い辛いし……
「でも、一番は違う……」
「違う?」
「わ、わた……私が、寂しい……」
李里菜は言葉を絞り出すようにそういった。
そういや李里菜ってずっと兄貴や晶さんと一緒に暮らしてたんだもんな。
だけどいきなり両親を失って、一人暮らしをするのは不安なのだろう。
「お掃除、お洗濯、お買い物、お料理……全部頑張る! トモには絶対に迷惑かけないって約束、します……」
「……」
「トモと、また一緒にお酒飲みたい……ダメ?」
美少女が、不安げに、しかも上目遣いでこっちをみながら伺いを立てている。
これで断ることのできる男がこの世に存在するのだろうか?
いやいや、俺と李里菜な家族なんだし。
これは、そう! 唯一の肉親である、叔父として姪に寄り添う時!
再就職なんてきっとどうにかなる! はず。
「分かった……一緒に暮らそう!」
「ありがとっ! 私、頑張る!」
さてさて、まずは倉庫扱いしている部屋の掃除からだな。
こうして俺はひょんなことから、姪である李里菜と一つ屋根の下で生活をすることとなった。
果たしてどうなることやら……
●●●
李里菜の突然のお願いを受け入れてから、数日後。
俺と李里菜の同居生活が本格的にスタートした。
幾ら家族とはいえ、李里菜は年頃の女の子だ。
色々と気を遣ってあげないと。
「うおっ!?」
そう思った矢先、洗濯機へ放り込まれた李里菜の洗濯物とご対面。
凝視しちゃ駄目だと思って、急いで蓋を閉める。
まさかあんなセクシーな下着を……李里菜も成長したんだな、と感慨深いものが……ってぇ、偶然とはいえそんなこと考える俺って最悪じゃん。
「ご、ごめん、なさいっ!」
慌てた様子で李里菜が飛び込んできた。
「すぐ洗濯終わらせ、ます……」
「あ、おう。こっちは急いで無いから」
やっぱ、年頃の女の子と一緒に暮らすって、想像以上に大変なんだな。
生きているうちに兄貴に色々と聞いておくべきだったと思う俺だった。
俺は李里菜を心配させまいと、現在求職中であることは伝えないでおいた。
だから俺は会社へゆく体を装って毎日同じ時間に家を出て、職安などへ通うようにしていた。
そうして夕方頃に家へ戻ると……
「お、お帰りなさい! ご飯、お風呂、どっち、ですか!?」
「あ、じゃ、風呂で……」
「分かった!」
李里菜はいつも俺より早く帰宅して、こうして声をかけてくれることを日課としたらしい。
一人暮らしが長かったから、誰かがこうして迎えてくれるのってすごく嬉しい。
バカ礼子は、李里菜のような甲斐甲斐しさなんて皆無なやつだったからな。
李里菜のような美少女な姪に、こうして世話をしてもらえることは男名利に尽きるのは確か。
「良いよ、アイロンくらい自分で……」
「家事、全部やるって約束した! トモはゆっくりしてて」
李里菜は当初の宣言通り、俺の身の回りの世話を全部引き受けてくれていた。
20歳の大学生といえば、最も自由で楽しい時期の筈だ。
俺だって李里菜と同い年の時は、毎晩のように仲間と飲み歩いたり、遊んだりしていた。
しかし李里菜からは、そういう気配が一切感じ取れない。
この間なんて、夜遅くにレポートやってたみたいだし。
これで本当に良いのだろうかと思った。
これじゃまるで李里菜は家政婦だ。
このままじゃいけない。李里菜のためにも……
●●●
いつもより職安での求職を切り上げ、早めに帰宅する。
良し、李里菜はまだ帰宅していない。
今日こそ、例の計画を実行に移す絶好の機会だ。
冷蔵庫の中身は問題なし。
確かにワインセラーに、あのワインが……
そうして粛々と準備を進め、お迎え準備が整った途端、タイミング良く李里菜が帰宅してきた。
「ただいまっ!」
「おかえりー」
「ごめん、なさいっ! お夕飯!」
「まぁまぁ、たまには。ほら、うがい手洗いしておいで」
「ごめん、なさい。作らせて……」
ああ、もう李里菜さん、俺が夕飯作ったくらいでそんな辛そうな顔しないでくださいよ。
だけどそこを笑顔に変えることこそ、ソムリエ名利に尽きるってもんだ!
「支度、手伝うっ!」
「まぁまぁ、今日は良いから。李里菜は座ってて」
「……」
李里菜は渋々と言った様子でリビングの椅子へ座った。
そんな彼女の前へ、俺は香ばしいスパイスの匂いが立ち昇る、ひき肉ベースの【キーマカレー】を供出した。
「良い匂い、美味しそう。トモが?」
「俺の特製だ。で、こいつをもっと美味しくいただくために……」
俺は冷蔵庫から李里菜のようにすらっとしたワインボトルを取り出した。
「今夜のワインはフランス・アルザス地方の【ゲヴュルツトラミネール】でございます」
「香辛料?」
「おっ? よく知ってるな」
「第二外国語、ドイツ語だから……」
掴みはOKらしい。
ちなみに"ゲヴュルツ"とはドイツ語で"香辛料"という意味だ。
つまりこのワインはーー
「どうぞまずはお試しを」
「い、頂きます」
李里菜はやや緊張した面持ちで、グラスに注がれた麦わら色の白ワインを口へ運ぶ。
瞬間、それまで強張っていた頬が"もふぅー"と解れる。
「凄く、良い匂い! ライチ……?」
「そっ! ゲヴュルツはそのライチのような、お花のようなかおりが特徴的なんだ」
「甲州と違う?」
「ゲヴュルツは香りの特徴のある"アロマティック品種"、甲州は逆に"ノンアロマティック品種"って言われてる。ささっ、これとカレーを一緒にどうぞ!」
李里菜は言われた通りにキーマカレーを口に運び、ゲヴュルツトラミネールを口へ含んだ。
ミステリアスな切長の目が、これでもかというくらいに開かれ、丸みを帯びる。
そして溢れ出た、凄く幸せそうな"もふぅぅぅ……!"といったため息。
「カレーのスパイスとこのワイン、よく合うっ!」
「だろ? なにせ、同じ"香辛料"が関係してるからな!」
「凄いっ! トモ、天才!」
「これでもプロなんで! さぁて、俺も頂くかね」
李里菜の接待を終え、俺自身もキーマカレーとゲヴュルツトラミネールの合わせた。
一見、不思議な組み合わせに見える料理とワイン。
だけどそれぞれの持つ個性が互いの美味しさを増長させている。
それぞれではなく、お互いに手取り合って、一つの食卓を華やかに彩っている。
「なぁ、李里菜。俺たちもさ、こんな関係にならないか?」
「えっ?」
「このワインと食事みたいにお互いで支え合う関係が俺は良いな」
「……そっちの方がトモは良い、の?」
ーー李里菜が語尾の前で言葉を区切るのは、慎重になっている合図なのだと、ここ最近気づいた。
この子は俺なんかよりもずっと、色々なことを考えながら、言葉を発している。
「李里菜が色々と世話を焼いてくれるのはもちろん嬉しい。でも一緒に暮らしてるんだから、貰ってばっかだと落ち着かなくてね」
「……」
「どうかな? これからは2人でこの家のことをやってくのって?」
「家主のトモが、その方が良いなら私に異論は、ない」
「オッケー。じゃあ……」
俺は相変わらず良い香りを放ち続けている、ワイングラスを掲げて見せる。
すると李里菜もそれに倣ってくれた。
「改めて、これからもよろしく李里菜」
「うん。よろしく!」
互いにグラスを軽あげて、ワインを一口。
ちなみにワイングラス同士では、グラスを打ち合わないのが普通だ。
他のグラスと違ってワイングラスは薄造りなことが多いので、割れてしまうのを防ぐためだ。
「ところで、カレーのひき肉、わざわざ買ってきた、の?」
「いんや、冷蔵庫にあったからそれを……」
途端、李里菜の表情がみるみる曇りだしたというか。
なんか、怒ってる……?
「全部使った?」
「あ、うん。残すのも面倒だし」
「たくさんのひき肉を一回で……勿体無いっ!」
出会って数年経つけど、初めて李里菜が大声を上げるところを見たような気がする。
てか、兄貴と夫婦喧嘩してたときの晶さんにそっくりだ。
「あ、ああ、ごめんなさい……気をつけます」
「このワイン、お幾ら?」
「3000円位だったかなぁ……」
「さ、3000円!? 高級ワインっ!?」
「まぁ、この価格帯のワインは味に間違いがないけど、決して高級な部類じゃ……」
なんだか李里菜の顔色がみるみる青褪めているようにみえた。
やがて彼女は深いため息を吐く。
そして切なげな視線を寄せてくる。
「トモ、お願い一つ」
「なんでしょ?」
「……この家のお金の管理、私がしても?」
李里菜はしっかりとした人生設計を、裏紙の束へびっしり書き込むような子だ。
むしろ俺がするよりもずっと上手にやってくれるような気がする。
「李里菜の負担が大きくないなら、しても良いよ」
「ありがとっ! 頑張る!」
李里菜は気合十分と言った具合だった。
しかしえらい気合いの入り方だな。
任せて正解なのかな……?
となると無職がバレる前に、さっさと再就職先を決めないとな。
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