火災から二週間後
「えっ!? アタシも〈
「言ってない」
「聞いてませんね」
美術館の火災から半月。
梅雨の季節を肌に感じられるようになった頃。菫、アルカ、昴生、そして八重樫の四人で集まる事が出来た。
ビルの出火原因は不明のまま修復工事が始まったため有耶無耶になるだろう事、不法侵入した二人の怪我の経過を八重樫に追及されて順調に快復している事等。
以前利用した同じカラオケ店の一室で、この半月が平穏に過ぎ去った報告し合ったところで、『鎌』について話を振った。
八重樫百合は〈
「ごめんなさい! 隠してるつもりはなかったのよ! アタシの話なんて何も参考にもならないし、アルカちゃん達と初めて会った時に威嚇するため『鎌』を出していたから、説明はいらないと思い込んじゃって、本当に他意はなかったの〜!!」
そんなとってもすごいらしい魔術師が、なよなよと情けない声色で必死の弁明をしてる。
寝耳に水だった菫とアルカは、未だに実感が湧かなかった。
別に怒ってはいないのだが、とりあえず一点だけは言い返しておきたいとアルカはおずおずと手を上げる。
「いや……あのビチビチしてたのが『鎌』とか、絶対わかんないです」
「そうよねぇ〜〜! 普通に考えたらそうよね!! アタシが今までアレを出したら、すぐ『鎌』だって見抜かれてたのは他の魔術師に前知識があったせいで、アナタ達にはそんなもの無かったものね! ほんっとうに迂闊だったわ!」
親であろうと殺せる『死神』。イグニス・ファトゥウスを思わせる青髪の大男。
魔術師であれば誰もが耳にする異名、見たらすぐ避けるべきその特徴的な外見。魔術師として当たり前、常識という前知識を彼女達は知らなかった。
己の常識を疑える機会はあった。
しかし『人魂のような不吉な髪』だと言われ、八重樫自身も刷り込まれ、恐れる人が避けやすくするための目印として、半ば義務感で同じ色に染め続けた。――命が生まれる海のようだと、真逆の印象で綺麗だと褒められたのがつい嬉しくて、望んで選んだ好ましかった色を取り戻せたようで、嬉し過ぎて。
可愛がってる昴生の友達だと認識してしまったらもう、三人まとめて可愛く思えてしまって……本当にうっかりしてしまったのだった。
心底反省している様子の八重樫を「どんまい」と緩く宥めているアルカ。
――死を運ぶ『鎌』を携えた屈強な大男と、装飾品のように美しい『矛』に見合った小柄な美少女。
その二人のどちらが恐ろしく感じるか。考えるまでもなく圧倒的に前者だし、八重樫の例を参考にしてもアルカは全く怖くならないだろう。実際に並んでいる二人を眺めながら菫は一人納得して、ふと思いついたように八重樫に声をかける。
「ちなみに、あのピチピチは鎌の鞘みたいな感じですか?」
「そう。うっかり誰かが触っても大丈夫なように刃を包んでいるの」
「じゃあ触ってみてもいいですか?」
「ヴァッッ!? や、やんちゃにも程があるわよ!? 昴生ちゃんから何も聞いてないの!?」
「あ、触ったら一発即死らしいですね」
しれっと明日の天気でも告げるような菫に「聞いた上でこの反応なの!?」と八重樫は慄き、「この反応なんです」と疲労と慣れが染み出した声で昴生は頷く。
「どの敵にも即死確定は強過ぎるってアルカと盛り上がってました。ね」
「うん。確率でも味方にいたら嬉しいスキルなのに、確定は熱い」
「ひっ、この発想が若者のゲーム脳ってやつなの……!?」
「ちゃんと危ないのはわかってますよ! でも気をつけるのは刃のほうで、ピチピチは大丈夫なんですよね? あれがモチモチなのかスベスベなのか、ちょっと触ってみたくて」
「……そう言われると、確かに、ちょっと、」
「やめて! そんなバンジージャンプみたいな感覚で挑まないで!?」
恐れを知らない菫の態度は、恐れられる事に慣れた八重樫には刺激が強過ぎる。純粋な好奇心に共鳴してアルカも興味がそそられ始めるとついに悲鳴を上げ、昴生に助けを求めた。
菫もアルカも昴生も、八重樫がこんな調子なので全く恐れていないのだが、当の本人は不安で不安で、喜ぶ余裕が持てなかった。
はぁ、と一息ついた八重樫が思い出したように話を切り出す。
「そうだ。一昨日ルルちゃんからまた連絡が来て、こっちに着くのが八月の頭くらいになるみたい。夏休み真っ最中で悪いけど、皆そのあたりの予定は空けておいてね」
「菫は大丈夫そう?」
「バイトの日に被ったら時間を調整してもらえれば大丈夫だよ」
〈
本来であれば不可視の魔術を見る一般人の菫と、強過ぎる魔力に見合わない未熟な魔術師のアルカ。二人の避難先として頼み込むために、まずは顔合わせ――と話が上がったのが昨年の十月。
こうして対面の機会が設けられるまで約半年。知らない魔術師――しかも世話になる可能性がある人と会う現実が二ヶ月先と迫り、菫もアルカも緊張感を覚える。
「僕はご一緒しないほうが、ルルさんの気分を損ねないのでは?」
「んーそうかもしれないけど、アルカちゃん達の事よく知ってるの昴生ちゃんだし」
「えっ! 継片嫌われてんの!?」
仲間を見つけたような喜びを前面に出すアルカを「こらこら、嬉しそうに言わないの」と嗜めつつ、これ幸いと菫も便乗する。
「ルルさんと前に何かで揉めたの?」
「いや、一度顔を合わせたきりで、揉めるほど話せた事がない」
「そうなの? 夏祭りの時にアルカとは五分もしないで揉めてたのに」
「……君も、以前と比べて随分節度がなくなってきたな」
「そうかな? ……そうかも」
夏祭りの時は節度、というより遠慮してたし、よくわからなかったから踏み込み方も躊躇いがあった。
今の菫は魔術についても、アルカの事も昴生の事も、ある程度の理解と親交を深めて、このくらいなら大丈夫と踏み込み方も学んでしまった。
しかし、遠慮無さすぎただろうか。別に気分を害してなさそうだし、先に配慮がない事してきたのは彼の方で、――、何も、……問題――ない、――――?
「菫?」
「おぁ、」
隣のアルカに声をかけられて菫は買ったばかりのタブレット菓子を開封し、口に放り込む。
新商品だったそれは鼻から抜けるミントの香りとレモンの酸っぱさが強く、ぼやけていた意識を押し戻すのに充分過ぎた。次買うのは別フレーバーにする。
「ごめん、なんかまたぼーっとしてた」
「またぁ? 早く寝なよって言ってるのに」
「ちゃんと寝てるんだけどなぁ」
あの火災から二週間。菫はよくわからないタイミングでぼんやりする事が増えた。
初めは疲れが出たのかと思ったが一週間経っても改善されない。適度に体を休めつつ、眠気覚ましとしてタブレット菓子を常備し始め一週間。
おかげで火傷の治りも早くすこぶる元気なのだが、ぼんやりは継続中だ。欠伸も出ないし、瞼が重い事もない。眠気とは違う感覚なのだが、原因はわからない。
首を捻るばかりの菫を、昴生は暫し観察し、その視線を八重樫にも向ける。
「『目覚ましレモン味』ってすごい名前ね。爽やかそうなのに、酸っぱいの?」
「しゅっっ、ごく……八重樫さんも食べますか? どうぞどうぞ」
「あら、せっかくだから少しいただ、待って待って多い! 十粒近く出ちゃったわよ!」
「どうぞ!」
聞いてるだけで口が酸っぱくなりそうな話をしていたので、条件反射の飛び火を避けるため早々に視線を逸らした。
菫の反応から何も勘付かれていなさそうだと昴生はひっそりと安堵の息を零す。
「まぁ、昴生ちゃんの性格知ってたらそう考えちゃうのも仕方ないけど、本当に何も悪くないのよ」
酸っぱさに口を窄ませた八重樫は唾液が飛ばないように口元を手で抑えつつ、おちょぼ口で話し出す。
「ルルちゃんは男の人が大体嫌いなの。昴生ちゃんに会ったのはもう五年近く前で、あの頃はまだ背もちっちゃくて声変わり前で女の子みたいに可愛かったけど、今はしっかり男の人って見た目になっちゃってるから」
「今、当時の僕の外見に関する話は必要でしたか?」
「もう、話の腰を折らないの。成長した姿で会ったら気分を損ねるんじゃないかって、ルルちゃんに気遣いしてただけって話でしょ」
確かにそうだが、昴生としては話されると都合が悪い。
「へぇー! え、その頃の写真とかあります?」
このように、菫が興味を示すのが予測出来たので避けたかったのだ。
とはいえ、八重樫の「ものすごく拒否されて,許されなかったわ……」と心底悔いてるような答えを聞いて「すごく残念です……」と諦めたらしく、昴生は肩の力を抜く。
「まぁ、正確な日付と時間帯は七月――夏休みが始まったくらいには連絡するわね」
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