AIおじいちゃん
そうま
AIおじいちゃん
すっかり冷えた部屋の空気を吸いながら、目が覚めた。スマホを付ける。
・映画の感想
とロック画面に表示されている。あぁそうだ、思い出した。昨日見た映画の感想を、友達の茜に言おうと思いながら寝てしまったんだった。
アプリを起動し、茜にコールをかける。彼女が応答するのを寝ぼけたまま待つ。五秒、六秒、七秒……。
通話開始から十五秒、髪もメイクもばっちりセットした茜が映し出された。と、いうことは。
『まだ寝てるよ』
そう答えたのはAIの茜だった。
「茜にしては寝坊してるじゃん」
私はベッドから起き、背伸びをした。
『昨日、遅くまで映画見てたからね』
「映画ねぇ……そうそう、こないだおすすめしてくれたあの映画なんだけどさあ」
私は映画の感想を簡潔に話した。
『うそでしょ。あそこで主人公を想って何も言わず去っていくのがいいんじゃない』
と、茜は私に反旗を振った。その映画では、ラストで主人公のヒロインとその相手の男が決別して物語が閉じられる。茜は肯定的な意見を得たようだったが、私としては、ヒロインのためを想うなら、あそこは絶対離れないでいるべきだと思った。
『そう……まぁいいわ、それがあんたの感想だもんね』
茜は少々膨れっ面だったが、議論を始めたとしても私が頑固だと承知しているようで、早々に話を切り上げた。
『で、用はそれだけ?』
「今のところはね」
『そう、じゃあ切るわね』
「うん、それじゃ」
私は茜に手を振り、通話を終了した。お腹がすいた。階段を降りて一階へ。リビングのカーテンを開ける。時刻は朝十時。十一月の空は晴れ。窓は開けたくない。
リビングの中央に設置されているテーブルの上には、小ぶりの埴輪が置いてある。埴輪と言っても出土したものではなく、精巧なレプリカモデルだ。
「おはよう、おじいちゃん」
と、テーブルの上の埴輪に話しかける。すると、埴輪の目がぴかぴかと光った。
「おお、おはよう咲良」
起動したAIのおじいちゃんは今日の天気を教えてくれた。午後から一雨くるらしい。
茜とおじいちゃんがAIの自分を持つように、私も自分のAIを持つ。生まれてからずっと、夜寝ている時に、その日私が体験したことや考えたことがAIに入力され、私と同じ思考ルーティンをもつAIが日々アップデートされていく。私のお父さんの代くらいから世の中の人たちはAIの自分をもつようになった。
高齢者はまだ普及が完全にいきわたってるとはいえないが、私のおじいちゃんは早い段階からAIの自分を生成するプロセスを受け始めたらしい。私が小学校に入った頃、もうほとんど病院にいる生活を送っていたので、私は基本的におじいちゃんと話す場合、ディスプレイ越しのおじいちゃんを見ていた。
おじいちゃんが亡くなり、家にアンドロイドを導入するかの家族会議が行なわれた。しかし、精巧なアンドロイドは高価だし、我が家はそこまで広くないという理由で、人間サイズのロボットの導入はあきらめた。
そこで、我が家に導入されたのが、高さ二十センチの埴輪型端末だ。おじいちゃんは妙なほどに埴輪が好きな埴輪マニアだったのでぴったりだろうと、家族全員の意見が一致した。何より、小型だし持ち運びしやすい。
スマホを開けばおじいちゃんの顔を見ながら話すことが出来るが、そうするのは何か相談事をする時など、腰を据えて会話したいときだ。普段は埴輪のおじいちゃんで十分なのだ。
「そうそう、咲良」
と、朝ごはんの準備をしている私に、おじいちゃんが言った。
「咲良が起きる一時間くらい前、天気雨が降りだして、洗濯物がびしょびしょになったんだよ。ベランダのカメラを見て今思い出したわい」
こういうときは、アンドロイドのおじいちゃんが欲しくなる。
AIおじいちゃん そうま @soma21
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