第14話 隣国の相関図

 その後はリルと二人で静かな場所に移動。カフェに行こうと誘ったんだけど、人がいないほうがいいと言うので屋外のベンチに腰を下ろした。


 そこで私は真っ先にアカリちゃんとのやり取りを包み隠さず伝え、リルが思っているような関係ではないと訴える。するとリルは話が進むにつれ頭を抱え出し、ついには「あの人は本当に…」と苦々しくぼやいた。


「?」


 アカリちゃんと知り合いであるかのようなその口ぶりに、私は首を傾げる。

 あまりアカリちゃんとはそりが合わなそうな雰囲気だったが、いつの間にか友達になったんだろうか。それならそれで喜ばしいことだけど、仲良くなったんなら教えてくれればいいのに。


 因みにやはりリルは、私とアカリちゃんが瘴気の魔女ミアズママギサの話をしている所を偶然目撃したのだそうだ。


「リューコはさっきのアレが瘴気の魔女ミアズママギサだと思ったんだな。だからポジティブなことを考えろって言ったのか」

「う、うん。何となくそう思って。私あのお話好きだし、アカリちゃんとも話したばかりだったから」

「そうか」


 リルは相槌を打ち、難しい顔をして何か考えている。思っていたのと違う言葉が来て戸惑った返事をしてしまったが、彼は気に留めていない様子だ。


 あれ、今ってもっとこう、ラブな展開になる場面なのでは?

 いや、いいんだけどね。リルは魔女に襲われたのだから、そこは気になるところだろう。とりあえずアカリちゃんとの誤解は解けたと思うし、問題ないはず。


 何となくドキドキしながら待機していると、リルは大きく溜息を吐いた。


「あの黒いモヤのことは兄上に報告するが、悪いようにする訳じゃないから心配しなくていい」

「ネレウスさんに?」

「……ウーノブリエ兄さんに」

「それはアカリちゃんのお兄さんでしょ。フェニックス王国第一王子の」

「俺の兄でもあるからな」

「………うん?」


 ええと?

 何だって?


「俺の名はリル・フェニックス。フェニックス王国の第四王子だ。ベティウガイザ公爵家には、俺が身分を隠すのに協力してもらっている」


 ………。

 ………………。


「えええぇぇぇえぇーーーっ!!!?」


 自分の声が自分の声じゃないみたいに木霊していく。

 心の底から驚いてリルを凝視すると、彼はばつが悪そうに目を逸らした。


「黙ってて悪かった」

「いや、それは……事情があるんだろうし…」


 駄目だ、混乱して上手く言葉が出てこない。別に隠していたことを責めるつもりはないのだ。そこは伝わって欲しいところである。


 ただ、本っっ当に吃驚しただけで。

 だって王族だよ。アカリちゃんとノブくんの弟だよ。マジか。


(あ、もしかして)


 不意に、図書室で勉強会した時のことが脳裏を過ぎる。

 リルは私が息抜きにと持って来た瘴気の魔女ミアズママギサの本に、興味津々な素振りだった。あれはきっと、ノブくんから魔女の話を聞いていたからに違いない。何か情報がないかと調べていたんだな。


「大した事情じゃないからな。聞いたら呆れると思うぞ」

「でもリルにとっては重要なんでしょう? 無理に話さなくてもいいよ」

「…聞いて欲しいと言ったら、聞いてくれるか」

「それは勿論」


 そんな訳で聞いたリルが身分を隠している理由は、確かに国を揺るがすような大事ではなかった。しかし理解できないと一蹴するほどでもなかった為、つまりは普通に納得した。


 要するに以前リルが零していた、「魔性のアカリちゃん」が好ましく思えないことが原因だったのである。

 ああいう性格のアカリちゃんと兄弟だとされることが、嫌だったそうで。


 因みにこれを知っているのはシルフィードとフェニックスの王族、ベティウガイザ公爵家とメイサさん。

 フェニックス側が駄目元で打診してみたところ、シルフィード側があっさり受けてくれたらしい。シルフィードのゼフィロス国王陛下は、大らかさに定評がある方だからね。流石だ。

 そしてメイサさんが含まれているのは、ネレウスさんができるなら知らせておきたいと申し出た結果とのこと。大事にされてるな、メイサさん。ご馳走様です。


「こっちに来てから、アカリちゃんとは話してないの?」

「ほとんどないな」


 少しはあるのか。全然気づかなかった。


「だが今後は改めるつもりだ。身分のことはこのままでいくと思うが」

「そっか。もし話し辛かったら私も一緒に行くよ」

「いや、いい。お前がいると執拗に揶揄われるのが目に見えてる」


 ああうん、そうだね。詳細な想像ができるよ。

 確かにそういうの、リルは苦手だろうなあ。


 苦笑して頷くと、リルはまっすぐこちらを見た。


「俺は王位を継ぐことはないが、留学を終えたら国に戻って兄さん達の役に立ちたいと思っている。だから、一緒にフェニックス王国に来てくれないか」

「!」

「故郷を離れるのは辛いと思うが、」

「行きます」


 申し訳なさそうに言うリルの言葉を思わず遮り、私は彼に顔を近づけた。必死さに勢い余ってしまった為、リルが僅かに身を引いたけど気にしない。


「でもお願いがあるの。お母さんも一緒に連れていって」


 ほんの一瞬だけ迷った。好きな人を利用する行為に。

 だけどこれは、この学園に入学した時から決めていたこと。

 私にとって、母も等しく大切な人なのだ。


「お前も何か事情があるようだったな。俺はリューコの味方だから安心しろ」


 むにっと頬を大きな掌で包まれ、目が合ったリルはとても優しい顔で笑う。その温かさが心に体に染み込んで、私は無意識に涙が溢れていた。


「リルぅ…!」


 突然泣き出した私に、さぞや驚いたことだろう。

 しかし彼は動じず、落ち着かせるように抱きしめてくれる。


 それが本当に心地よくて幸せで、早く男爵家うちの説明をしなければと思うのに、なかなか涙が止められない。


 私って結構、溜め込んでいたんだな。

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