第12話 漫画のラスボス
まさか、こんなところに居るなんて。
とある校舎の屋上庭園で偽装用の本を適当に捲りながら、私はちらりと様子を窺う。それももう何度目かになるので、そろそろ牽制されるかもしれない。
視線の先は、近くのベンチに座る一組の男女だ。艶やかな黒髪とオレンジ色の瞳を持つ超イケメンアイドルと、ツインテールが特徴的なややつり目の美少女。
最早お察しだろうが、ニジマス第一部に登場するカップルである。
「…でね、………なの。ロキ様は?」
「そうだね。僕は……」
くっ、風向きのせいであんまり会話が聞こえないわ!
本を持って来ていて良かった。つい眉間に皺が寄ってしまう顔を、さりげなく隠すことができる。しかしそんな表情とは裏腹に、勿論私の心は有頂天だった。
この屋上庭園も生徒達に人気があり、いつも人が多くいる。現在そばにいるペアとは別のニジマスカップルに関わる場所でもある為、今日はそれにあやかって来てみたのだ。天気がいいから読書に来ましたと優雅な令嬢を装いつつ、今日も今日とて結婚相手を探しに。
で、幸運にも、まだ見かけたことがなかったニジマスカップルに出会えたのである。しかも漫画より親密度が増した状態にお目にかかれた。今日はもう、彼らを見送るまで何もするまい。
(あ……)
そんな折、楽しそうに手ぶりを交えて話す少女の腕が目に留まる。細く美しい手首を、黒とオレンジの糸で編まれた腕輪が彩っていた。いわゆる、ミサンガだ。
ニジマスでは恋の成就を願い、好きな人の髪や瞳の色を使ったミサンガを身につけるのが流行っている。これまで見たカップルも付けていたし、クラスメイト他の生徒達だって腕を飾っている人は沢山いた。
だからそれ自体は見慣れたものだったんだけど、何となく今はそのアイテムが気にかかる。漫画内でも度々存在感が示されていたミサンガを、自分も身につけてみたくなった。
誰を想って?
(…結婚相手に決まってるじゃない)
脳裏をかすめた問いに、自分でツッコミを入れる。ふるふると首を振り、私は大きく溜息を吐いて周囲を見回した。相変わらず、目を引くような人はいない。ニジマスカップルは除く。
結婚相手に出会ったら、その人の色をあしらったミサンガを作ろう。そう思うものの、まだ見ぬ相手に対してはどうにも想像がしづらい。既知のニジマスカップルに加え、ネレウスさんとメイサさんのような新しいペアも発見した今。
どうやら私は以前よりもずっと、漫画みたいなロマンスを求める気持ちが大きくなっているらしかった。
◇
屋上庭園を後にしてぼんやり歩いていると、静かで人気のない場所に辿り着いた。誰もいなかったので、手近なベンチに腰かける。一人でこんな所に来てしまって、後でリルに怒られるだろうなと思ったら薄く笑みが零れた。
「あら、リューコちゃんじゃない。こんな所でどうしたの?」
風の音に耳を傾けていると、不意に聞き慣れた声に呼ばれる。振り返れば、燃えるような赤髪とは反対に穏やかな表情のアカリちゃんがいた。現れたのがよく知った人物で、内心ほっと安堵する。
「ちょっと休憩してたところです。アカリちゃんは何してるんですか?」
「私も息抜きの散歩よ。隣り、いいかしら?」
「勿論です」
ベンチの中央にいたのを端に避けると、アカリちゃんが「ありがとう」と言って横に座った。
「そんな浮かない顔してると、
「!」
ふふ、と笑って言うアカリちゃんに、私は思わず彼を凝視する。
ただシルフィード王国では割と有名なフィクションで、学園の図書室にも関連書籍が置かれているくらいだ。アカリちゃんが
それでも私はアカリちゃんが何らかの事情を掴んでいるように思えて、少し言葉が詰まった。
「冗談よ。リューコちゃんはそんなものが寄ってくるような子じゃないわ」
「
「図書室にある可愛い絵本、好きなの」
「分かります」
何となく、はぐらかされた気がする。
とはいえニジマス主要キャラである彼と違い、モブの私が魔女の存在を明確に把握しているほうが怪しまれるだろう。ひとまず追及はなしだ。
そう決めたのに。
「ノブくんが教えてくれたのよ。シルフィードには
「!?」
突然アカリちゃんから情報量過多の台詞が飛び出し、私の決意はあっさり飲み込まれる。
…え、えっと。
とりあえず、最初から順番にいこうかな。うん。
「ノブくんとは…?」
「ああ、ノブくんは私の兄でウーノブリエ第一王子のことよ。本当はリエちゃんって呼びたいんだけど、物凄く嫌がるのよねえ。だからノブくんに変えたの」
おうふ。
と声を漏らさなかった自分を、揺さぶるほど褒めてあげたい。
隣国の次期国王候補である第一王子は、リエちゃんというそうだ。
あっいや、ノブくんですよね。分かってますとも。
「そうなんですね。申し訳ありません、第一王子殿下のこととは気づかず呼んでしまって」
実は第一王子の名前自体知らなかった訳だが、それを馬鹿正直に告げるのは流石に思い留まる。すぐお隣に位置し、シルフィードとは一番の友好国の王族に関することだ。そして私は一応貴族の端くれ、過激な国だったら首が飛んでいる案件である。
「通じる人のほうが少ないから気にしないで。私あんまり、兄弟の話しないしね」
アカリちゃん、優しい。
シルフィードもフェニックスも、穏やかな国で良かった。
「それは何か理由が?」
「ウチはまだ王位継承者が決まってないから、気を遣わせちゃうでしょう。私は色々兄弟の他愛ない話をしたいんだけど」
「仲、良さそうですもんね」
「そうよう。ノブくんは本当に頼りになるし、反抗期の弟だって可愛いわ」
「弟」
初めて聞く情報だ。アカリちゃんは第三王子だから兄が二人いるのは分かっていたが、弟もいたのか。つまりフェニックス王国には第四王子が存在する。王族でアカリちゃんの弟ならば、間違いなくニジマス第二部の新キャラだ。
(でもアカリちゃんみたいに隣国から出てきてくれないと、第一・第二王子と同じで顔も名前も出ないキャラになっちゃうな)
ニジマスの舞台がシルフィード王国だから仕方ないが、勿体ない。
第一王子の名前はたったいま判明したけど顔は不明なままだし、フェニックス王国に見に行きたくなってくる。アカリちゃんの兄弟だもん、絶対に美しいと思う。そして素敵なヒロインとのウフフな展開を拝ませてください。
「それでね、ある時ノブくんが『シルフィードの一角で負のエネルギーが瞬間的に増大し、そして消滅したのを感じた』んだって」
ノブくんはそれが
その時アカリちゃんは既にシルフィードに来ており、学園で至って平和に過ごしていた所へ怒涛の安否確認をされて戸惑ったとのこと。しかしノブくんからの『お前が無事で良かった』との言葉が嬉しかったと、彼は穏やかに微笑む。
そんなアカリちゃんの話に、私のお花畑な脳内が一気に畏敬の念に変わった。
(マジか。ノブくん、半端ない)
ノブくんことウーノブリエ第一王子、凄すぎないか。
漫画では「第一王子」という字面しか存在がなかったのに。
第一・第二王子が万能な光属性なのは説明があったけど、火属性のアカリちゃんが王位継承者じゃない理由付けでしかないと思っていた。アカリちゃんは王位を継がない人だから、シルフィードでヒロインとのフラグあるよ!みたいな。
実際にはこれほどの実力を有しているなんて、ノブくんは完全に主要キャラだ。是非ともシルフィード王国に来てほしいものである。
「そのお話、皆さんもご存じなんですか?」
フレイ王太子殿下とか、ローズマリー様とか、ヒロインとか。
「いいえ、話してないわ。リューコちゃんは信じてくれるのね」
「えっ」
「だって幾ら光属性のノブくんがそう感じたからって、そんなの推測に過ぎないでしょう。誰も見てないんだもの」
それが起こったとされる頃、自分は何事もなく過ごしていたし、周囲も全く普段通りで今も変わらない。そう、アカリちゃんは話す。
確かに漫画でもラスボス戦に参加したのはほんの数名で、水面下では大事になったものの、表に出ることなく極秘扱いされていた。主要キャラでもラスボス戦を知らないままの人は少なくない。本来ならばアカリちゃんもその一人。
「でも光属性の能力は計り知れないと聞きますし、ウーノブリエ殿下が噓を吐いているとは思えません。アカリちゃんだって、信じていますよね」
「勿論よ。私達兄弟は全員ノブくんを信じてるわ。本当はこっちにいる私が調査したい所なんだけど、当のノブくんに止められてるのよねえ」
「どうしてですか?」
「単純に私の身を案じてよ。愛想なしだけど温かい人なの」
愛想はないのか。ネレウスさんみたいなイメージをしてたから意外だ。
ということは、ここまでの話から察するにツンデレっぽい気がする。
ツンデレと言うと、ついリルのことが頭に浮かんだ。
「お優しい兄君なんですね」
「ふふ、いずれは紹介できると思うわ」
「え! こちらにいらっしゃる予定があるんですか?」
「うーん、どうかしら。でも楽しみにしててね」
「??? はい。ありがとうございます」
意味深な笑みが醸し出す色気は、流石アカリちゃん。しかし彼の思惑を察することなどできる訳もなく、私は首を傾げつつ返事をする。
とにかく、いつかは第二部主要キャラ(多分)のノブくんのご尊顔を拝めるらしいのだ。楽しみすぎる。頑張って生きるぞ。
「あの、ところで、どうして私に話して下さったんですか?」
「リューコちゃんが好きだからよ」
「!?」
何でもないようにさらりと言われ、私は思わず固まった。
いやいや、落ち着け私。
私だってアカリちゃんが好きだろう、友人として。
彼は、そういうことを言っている。そりゃそうだ。
「あと、弟を構いたいからもあるわね」
スッとこちらに身を寄せたアカリちゃんは、声を潜めて付け足した。
「!」
その悪戯っぽい雰囲気が彼らしくて、言葉の訳が分からないながらも私は、アカリちゃんのくれた「好き」が自分と同じものだと察する。
彼は私のことを、大事な友人だと思ってくれているのだ。それが伝わってきて、心が温かくなる。
それがどうして弟に繋がるのかは、やっぱり分からないけれど。
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