第11話 第二部の人間関係
「リューコ君、ごきげんよう!」
はっきりとよく通る声に振り向くと、爽やかな笑顔のネレウスさんがいた。
「ごきげんよう、ネレウスさん」
「今日も演習場に行くのか?」
「いえ、今日は図書室に行こうかと思いまして。ネレウスさんは?」
「私は今から講義の予定だ。よかったらまた聞きに来てくれ」
「ええ、是非。とても参考になります」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ではまた」
「はい。失礼します」
今日も頼れる皆のお兄さんな彼に、心がほっこりする。背が高いのに威圧感を感じさせないし、公爵家だからという近寄りがたさもない。通路に人がまばらなのをいいことに、私はつい満面の笑みを浮かべていた。
「…リューコ様、と仰いますの?」
そこへ不意に声がかけられ、慌ててニヤつく顔を微笑みにすり替える。驚きを抑えてゆっくり目を向けると、そこには上品な佇まいの美少女が一人立っていた。
「ごきげんよう。わたくしはネレウス様の婚約者、キャンベル侯爵家のメイサと申しますわ。少しお時間よろしいかしら?」
ややくすんだオレンジ色のセミロングヘア、濃い緑の瞳。いかにも気位が高そうな雰囲気の彼女は、にこりともせず尋ねてくる。
「……へ?」
短い言葉に含まれた大きな情報に、うっかり素の声が漏れた。
ネレウスさんの婚約者??
つまり、リルのお兄さんの婚約者。
…ということは。
(第二部の新キャラだあー!!!)
興奮して前のめりになる私。
メイサ嬢が後ずさりしたのは、ちょっと驚いただけだと思う。
決して気味悪がられてなんかいない。…多分。
◇
「それで、リューコさんはネレウス様とどういうご関係なのかしら?」
学園内にあるカフェに連れてこられた私は、優雅な仕草でカップを置いたメイサさんに見つめられる。
(わあ、ザ・貴族令嬢って感じ。いいなあ)
何しろ友人やクラスメイトの大半は、日本の中高生のノリだ。そうでない人も勿論いるが、あまり近しい存在ではない。こうして美しい所作を間近で見るのは、なかなか心が躍る。
「ネレウスさんの弟のリルと同じクラスでして、友達なんです」
ずっと真顔で笑みを見せてくれないが、メイサさんの瞳はとても綺麗だ。その目が少し見開かれた理由は、よく分からないけれど。
「まあ、リル様と? 仲がよろしいの?」
「はい。もう一人女の子の友達と三人で、よく一緒にいます」
そして先日たまたま演習場でネレウスさんと知り合ったことなどを伝えると、メイサさんは納得したように頷く。
「そうだったのね。リル様は人を寄せないところがあるでしょう? だから少し驚いたけど、良い学園生活を過ごしていらっしゃるようで安心したわ」
「!」
そう言ってほんの少し目を細めたメイサさんに、私のほうが驚いてしまった。ネレウスさんの婚約者なのだから当然かもしれないが、彼女はリルのことをよく知っている。
リルは公爵家という身分故に、近づいてくる人達をつぶさに観察していた。下心の見える人は元より、そうでなくても基本的には一定以上踏み込ませないようにしている。私とカナメは仲良くなれたし、ケインくんなんかは突き抜けてるので逆に平気みたいだけど。
「メイサ様は、リルともよくお会いになるんですか?」
「いいえ、それほど。ネレウス様からお話を聞くくらいよ」
「そうですか」
なんだろう、何となくホッとする。
自分の気持ちに首を傾げていると、メイサさんが話を続けた。
「リューコさん。ネレウス様のことは、どう思っているのかしら?」
「? 友達のお兄さんですが。……あっ、光属性をお持ちの大変優秀な方で、優しくて心配りも素晴らしいと思っています」
今更関係性を聞いてるんじゃないと途中で悟り、慌てて言葉を追加する。
「…そう、分かったわ」
溜息を吐かれてしまった。語彙力なくてすみません。
尊敬していることが伝わっていればいいが。
「ネレウス様を誘惑するつもりではないのね」
「それはないですよ」
そういうことか。
第二部の新キャラ登場に浮かれていたから、気が回らなかった。メイサさんは私がネレウスさんに色目を使っていないか、心配していたのである。
「そのようね。勘違いして悪かったわ」
「いいえ、とんでもないです。ネレウスさんは素敵な方ですから、気になっちゃいますよね」
「そうなの。本当に眩い方なのよ、ネレウス様は…!」
そこでどうやらスイッチが入ったらしいメイサさんは、そのまま長らく私にネレウスさんの輝かしさをうっとりと語り続けた。
えっ何、この人。超可愛いんですけど。
これはもう公式カップル確定だな。ニジマス尊い。
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