第10話 ヒロインとヒーロー
おかしいな。ちっとも婚活が進まない。
学園きっての出会いの場、放課後の演習場に佇む私は、つい唇を尖らせた。
「その顔可愛いけど、しかめっ面は控えたほうがいいわよ」
「…ハイ。皆、真面目なんだね」
「不真面目なところを見られると減点されそうだからじゃない?」
「なるほど、計算高い」
「割と普通の考えだと思うわ」
今日はカナメも一緒で心強い。
…んだけど、演習場に来ている生徒の多くは、至極真っ当に自主練習を行っている。ネレウスさんの講義の時みたいにお喋りしている人もいなくはないが、ぱっと見はやはり真面目に訓練中だ。
先ほどまで火属性の集まりを覗いていたが、めぼしい人はおらず離脱。今度はカナメの結婚相手がいるかもしれない、風属性の輪に加わっている。
(火属性の人は居なさそうね)
そりゃそうか。使える魔法は属性によって傾向が分かれるのだ。
例えば火属性の私は火を出せるけど、水は出せない。水を出せる前提でその派生的な魔法の説明をされても、役立てるのは難しかった。
まあそれでも、他属性の発動させる魔法を知るのは無駄ではないと思う。
因みに、他人の属性を察する能力の有無は人による。これには魔力の大小は関係なく、センスの問題だ。私は自分と同じ火属性なら何となく分かる程度だが、丁度結婚相手が火属性なので大変ありがたく思っている。
しかし。
「…なので、そうした時は風向きをよく見ましょう」
講義を続ける風属性の先輩。耳を傾ける周囲の生徒達。
うん、みんな真面目だ。
きょろきょろと挙動不審にしているのは私だけじゃないかな。
(そういえばニジマスカップルって、誰も演習場で出会ってなくない?)
ふと漫画を思い浮かべた私は、衝撃の事実に突き当たる。現実として演習場は出会いスポットになっているが、ニジマスの主要キャラ達が恋人と出会ったのは別の各所だ。
私がモブであることは重々承知してるけど、ここはニジマスキャラ達にあやかったほうがいいのではないか。婚活成功はナギくんの占いで確定済みだが、早く出会って安心したい気持ちがある。
「いっそ全員、癒し系に見えるわ」
隣りで呟くカナメに振り向くと、彼女は半目になっていた。
分かる。
ここにいる風属性は男女とも、一様に落ち着いた雰囲気だった。
カナメの運命の相手を探しようがない。
◇
「んんー…」
ベンチに腰かけたカナメは、力いっぱい伸びをする。
ここは学園の中央に位置する噴水広場。円形に作られた噴水からの水しぶきが煌めく、人気スポットだ。演習場からの帰り道に通りかかったので、一休みしている。
「いつ頃出会うのかも聞いとけば良かったわねー」
「それね。思った」
結局またしても収穫がないまま、演習場を後にした私達。あれからも場内を転々としてみたものの、ピンと来るような人は見つからなかった。
「でもナギく……オーノ様の占いは当たるから。焦らず流れに身を任せていればいいのかも」
半ば自分に言い聞かせるようにそう言うと、カナメも「そうね」と頷く。
「心落ち着く人か。ついでにイケメンだと嬉しいわ」
「そこは大丈夫じゃない? この学園は美形ばっかりだし」
「リューコは基準が甘いのよ。許容範囲が広いとも言うけど」
「えぇ…。そうかなあ」
ずっと美男美女に囲まれていると、見慣れてそういう感覚になるのだろうか。アイドル達は確かにとびきりの方々だけど、それでなくても学園内は美しい人で溢れている。
(ん?)
そんなことを考えて周囲を見渡した時、こちらに向かって歩いてくる男女二人が目に入った。
(あ、あれは……!)
艶やかなピンク色のロングストレートヘアと、綺麗なコバルトグリーンの瞳を持つ美少女。それから濃い茶色の髪で、ルビーのような赤い瞳が鋭く光る美少年。
「そんなに警戒しなくても、もう大丈夫だと思うよ」
「分かっている。念の為だ」
親密そうな二人はそんな会話をしながら、目の前を通り過ぎていく。
それを不躾に凝視する私を、美少年が僅かに一瞥した。その射抜くような眼差しを受け、不審がられていると理解しつつも胸中で悲鳴を上げる。
(きゃあああ、かっこいいー!!!)
彼こそニジマスのメインヒーロー、アキレウス・エーレンシュタイン。
そして隣りの超絶美少女が、ヒロインのイーリス・クリスタルだった。
アキくんは騎士らしいピリッとした雰囲気と、大きな瞳の絶妙なバランスがとても萌える。そんな彼を「アキくん」と呼んで慕うヒロインの、天使のような純粋さ。それなのに、誰よりも強い魔導師という彼女のステータスよ。最高。
「びっくりした。凄いイケメンだけど、やっぱりちょっと怖いわね」
ヒロイン達が離れてから、カナメがこちらに身を寄せて言った。アキくんはアイドル扱いされているものの、その無愛想ぶりから他のアイドルよりやや格下に見られている。
「無表情で寡黙なだけよ。騎士だもん、あれくらいでないと」
「それもそうね。ケインくんみたいな騎士がいたら心配になるわ」
「ごめん、笑う」
そんなこんなで今日も結婚相手には会えなかったが、目の保養にありつけて大満足の一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます