第9話 和菓子に寄せる心
「リューコちゃん、これローズちゃんにお裾分けしてもらったの。とっても美味しいから良かったら食べて」
「わあ! ありがとうございます、アカリちゃん」
学園の通路を歩いていて偶然会ったアカリちゃんは、そう言って大人気な和菓子店の包みをくれた。ローズちゃんとは言わずもがな、王太子殿下の婚約者ローズマリー様のことである。
「頂いておいて何ですが、アカリちゃんは食べないんですか?」
「それがローズちゃんったら、いーっぱいくれたのよ。日持ちしない大福だから食べ切れなくてどうしようかと思ってたの」
「そうなんですね」
そういうことなら、心置きなく頂戴しよう。
ずっと食べたかったから、めっちゃ嬉しい。
この和菓子店「ヨウカン」は先日図書室にいたチート眼鏡キャラ、イチさんの家が経営する店だ。シルフィード王国にはそれまで和菓子の存在がなく、彼女の家が初めて和菓子製造を行い、第一人者となっている。
美味しいと評判で毎日行列ができている為、授業がある私はなかなか並べず未だ買えていなかった。
(この間も、お饅頭あったもんね)
イチさん・ヘリオスくんペアは漫画内で、和菓子を食べているシーンがよくある。図書室でもそれらしい物が見えたのを思い出し、ついニヤニヤしてしまった。
「喜んでもらえて良かったわ。それじゃあ、またね」
「あっはい、ありがとうございました。ごきげんよう」
邪なニヤケ顔を好意的に解釈され、ハッとして頭を下げる。手をひらひらさせて去っていくアカリちゃんに手を振り返し、私はおやつタイムの場所を考えながら歩き出した。
◇
今日は天気がいいので、アネモスの庭に行くことに決める。アカリちゃんに貰った大福は四つもあり、カナメとリルも誘った。
「美味しー!」
「日本最高…!」
一口食べて目を輝かせるカナメと、遠い故郷の味に感動する私。
「ニッポン?」
そしてそんな反応に怪訝そうなリルの声が聞こえ、私はハッと意識を戻す。
「リルも食べてみてよ。甘いもの大丈夫でしょ?」
「…ああ」
慌てて誤魔化すように勧めると、ひとまず日本からは目を逸らせたようで安堵する。しかし好き嫌いは特になかったはずのリルは、何となく気が進まない様子だ。誘った時も少し迷っていたし、お腹の調子でも悪いのだろうか。
大福に浮かれてちょっと強引だったかも…と心配になった時、リルが大福をかじる。もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、彼は僅かに目を見開いた。
「小豆はこんな風にも食べられるんだな」
「そうなの。単体でもいいんだけど、色んな組み合わせでもっと美味しくなるのよ」
どうやら体調不良ではないらしいリルにホッとし、私は嬉々として布教する。
「リューコってば、ヨウカンの事業主みたいになってるわよ」
「この美味しさを広めたい心は同じよ」
くすくすと笑うカナメに胸を張ると、彼女は更に笑みを深めた。
今更だけど、カナメも美少女なのよねぇ。
「ねえ、それってヨウカンのお菓子?」
「!」
そこへ輪の外から声が飛び込んできて、私達は一斉にそちらを向く。
「いいなー。使用人に朝一で並ばせても買えない時あるのに」
明るく、いささか馴れ馴れしい態度で笑うその人は、クラスメイトのケイン・シュピール子爵令息だった。青色のショートヘアに薄い茶色の瞳で、まあそのなんだ、一言でいうとチャラい風貌である。
「その物欲しそうな顔をやめろ、ケイン。これはリューコの貰い物だ」
「そうなんだ。リューコちゃん、俺にもくれない?」
ニコニコと尋ねてくるケインくん。
ストレートな図々しさはいっそ清々しい。
テーブル上には手つかずの大福が残り一つだ。複数食べられそうなリルにあげようと思っていたが、そこそこ話す相手だし彼にあげてもいいだろう。
「いいよ、どうぞ」
「やったー! ありがとう、リューコちゃん」
私が許可するや否や、ケインくんは空いていた椅子にサッと腰かける。そして素早く大福を手にし、大口を開けてかぶりついた。
「んー、美味しーい」
…お腹空いてたのかな。
という心の声が、私達三人の中で一致した気がする。文句を言いたげだったリルも言葉を失っているし。何しろケインくんの幸せそうな表情は、どこから見ても本気の本心だ。チャラくても素直ではある為、付き合いやすい人だと思う。
「こんなのくれるなんて超いい人だね。誰に貰ったの?」
「アカリちゃんよ」
「マジで。さっすが王子殿下、太っ腹ー」
「でもアカリちゃんも、ローズマリー様に沢山貰ったからって言ってたの」
「へー。ローズマリー様いいよね、大きいし…」
「背が高いと目を引くからな」
ケインくんの言葉をリルが遮る。ケインくんの人柄から、何の大きさを言ってるかは私でも察したところだ。紳士なリルに安心する。
ローズマリー様はすらりと背が高く、そして豊満なバストを持っていた。
「ローズマリー様って甘いものが好きなのね」
「えっ違……そ、そうね。甘いおやつは正義よ」
「分かる、リューコちゃん。俺もお菓子がないと生きていけない」
「お前は野菜も食え」
「リルくんは真面目だなあ」
「不真面目な自覚はあるのか」
「ケインくん、南瓜なら甘いわよ」
「優しー、カナメちゃん。今度デートしようよ」
「山ほどの恋人達全員と別れたら、考えてもいいわ」
うっかり漫画からの情報を漏らしそうになったが、話が逸れてホッとする。
ローズマリー様がよくお菓子を入手するのは、大好きな婚約者のフレイ王太子殿下の為だ。甘いものが好きなのはローズマリー様ではなく、殿下なのである。しかしこれはニジマスの主要キャラくらいしか知らず、私達のようなモブには回ってこない情報だ。あぶない、あぶない。
(この辺のことも、萌えを語り合えたらいいのになあ)
アイドル達はアイドルであって、どれほど情報通のモブでも知り得ないことはある。漫画の世界なら尚更だ。アカリちゃんとならワンチャン話せそうだが、たとえ友達でも主要キャラでない私にそこまでの話はしない気がする。
「ねえねえ、リューコちゃんはホアカリ殿下と付き合うの?」
「へ?」
「何言ってるんだ、お前」
「だってよく構われてるじゃん。ホアカリ殿下って俺と一緒で面食いだし」
そう言ってケインくんは、わくわくした顔をこちらに向けた。
うん、やっぱりアカリちゃんと萌え話は無理。
すっかり友人関係となった彼も、まぎれもなく
「アカリちゃんは友達よ。それに彼は隣国の王族なんだから、そういうのは私みたいな下位貴族の娘じゃダメでしょ」
「王位を継ぐ人じゃないみたいだし、別に良くない?」
あ、それは知られてるんだ。
まあ第三王子なので察するのは簡単だろうけど、火属性のアカリちゃんは王位継承者ではない。彼の二人の兄が光属性の為、そのどちらかが国王となる。フェニックス王国で光属性を持つのは王族しかいないので、それを受け継いでいる人に王位を与えるという事情だ。
「どうなのかしら。普通は王族って身軽に動けないと思うけど、アカリちゃんだし分からないわね」
「カナメまで何言ってるの。アカリちゃんにはそのうち素敵な恋人ができるんだから」
「えっ、何か情報あるの? 教えてリューコちゃん」
「いや無いけど。だってアイドルだもん」
「何だ、そういう意味かー。そりゃかっこいいからねえ」
「かっこいいか? アレが」
「「「え」」」
真顔で尋ねるリルに、その他三人の声が重なった。
「この上なく美形でしょ」
「顔の造形はそうかもしれないが」
リルはカナメに答える。
「何でも余裕でこなす、流石の王子様じゃん。嫉妬?」
「違う。お前だってやればできるだろ」
「急に褒められて驚くんだけど」
次はケインくんに答える。
「魔性のアカリちゃん、素敵よ?」
「それだ。そういうのは女性に対する位置づけだろう」
そして私がアカリちゃん最大のイケメンポイントを挙げると、リルは眉根を寄せて答えた。
「あー、そこがリルくんの好みじゃない訳ね。まあそれは人それぞれだし、全部を許容する必要はないと思うよ俺は」
「お前に諭されると腹が立つな」
「さっきは褒めてくれたのに」
「日頃の行いでしょ」
「辛辣」
カナメのツッコミにケインくんがふて腐れる。
リルはというとケインくんの言葉が響いたようで、少し考え込んでいた。
(リルはアカリちゃんのこと、あんまり好きじゃないのね)
そう思うと、これまでの態度も腑に落ちる。今日で言えば大福がアカリちゃんから貰ったものであった為に、手を出すのを躊躇ったんだろう。結局食べてくれたし、きちんと評価してくれたのが彼らしいけれども。
私としてはニジマスの主要キャラ同士、仲良くして欲しい。
でも性格が合わないのは仕方ないことだ。
「名前はかっこよくない? フェニックスって火の鳥って意味なんでしょ」
「
火の鳥。
以前の占い結果に出てきたキーワードに、一瞬身が固まる。
全然気にしてなかったが、そういえばフェニックスは火の鳥とも呼ばれているんだった。しかもアカリちゃんは火属性。
(いやいや、ないない)
幾ら何でもそれはない。アカリちゃんが私の結婚相手だなんてことは、絶対にあり得ない。彼はニジマス主要キャラであり、私は平民暮らしをしていたモブ令嬢である。
第一部のヒロインは生粋の平民だが、光属性を持ち、魔力も世界最強という盛り盛り設定だ。対してモブの私は火属性で、魔力は高いほうだと思うけど飛び抜けている訳ではない。
「王位を継がない王子はそのうち名前が変わるぞ」
リルが呆れたように言う。
国の名でもあるフェニックスをずっと名乗れるのは、国王になる人だけだ。その他の子供達は一般的に、王宮を出て領地や爵位を授かる。その際、新たな家名を名乗ることになるのだ。これはシルフィード王国も同様。
何にしても。
第一部から登場しているアカリちゃんには第二部の現在、相応の相手が必ず現れる。はず。その模様を眺めるのが私の夢の一つだ。忘れてないぞ。
うんうんと一人頷く私は、改めて婚活に力を入れることを決意した。
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