第8話 図書室で野次馬を

 休憩がてら席を立った私は、そろりと図書室内の一角に向かった。

 目的地は、奥まった窓際にある二人掛けテーブル席。運が良ければ、ここにニジマスキャラがいる。近いうちに来ようと思っていたが、丁度いい機会なので覗いてみることにした。


(そおっと、そおっと)


 人気がなく静かな図書室を、足音を立てないよう忍んで歩いていく。傍目からは大層怪しい人に見えることだろう。しかし幸いなことに図書室利用者は見当たらず、こちらを気にする視線は皆無だった。


(!)


 ほんの薄っすらと話し声のような音が聞こえて、私は目的地が近いことを知る。より一層注意を払って歩を進め、本棚の陰に隠れて音のする方向を窺った。


(いたー!!!)


 漫画で見た通りの席に腰かける、勉強中らしき男女二人の姿が目に映る。


 片方は魔法大臣の息子で超イケメンアイドルの、ヘリオス・マックスウェル。サラサラ金髪のポニーテールに青い瞳。魔法が得意で、ヒロインに魔法指導もしているキャラだ。


 向かいに座る眼鏡っ娘は、イチノ・シーリオ。いつぞやか私にも絡んできたモブ令嬢達から、ヒロインを助けた人でもある。人付き合いが苦手な割に、結構なチートぶりを披露するキャラでお気に入りだ。


 二人は現在、婚約者同士。星空が繋いだ彼らの恋模様は、ニジマスカップルの中でも人気が高かった。


(はあああ、眼福……!)


 何を話してるかまでは分からないが、和やかな雰囲気を見られただけでも嬉しい。幸せそうで何よりだ。あっ、机の上に饅頭みたいなのが載ってる!


 そう気づいた私が身を乗り出した時、不意に背後から声がかかった。


「何してるんですか?」

「ひえぇっ!?」


 図書室の静寂を切り裂く私の悲鳴。


 驚きすぎて振り返った拍子に尻餅をついてしまう。ばくばくと心臓が大きく鳴る中で顔を上げると、そこには一人の男子生徒が立っていた。眼鏡の奥の明るいオレンジ色の瞳と視線が絡まる。


「…すみません、驚かせてしまって」

「いっいえ、大丈夫です。何でもありません、うふふ」


 彼が手を差し伸べようとする前にババっと立ち上がり、私は愛想笑いを浮かべて会釈した。ニジマスカップルからも注目を感じたが、気まずすぎて顔を向けられず一目散に逃げ帰る。


 そして逃走中に、今度はリルとぶつかりそうになった。


「リューコ! 大丈夫か? 何があった」


 リルは私を上から下まで眺めながら尋ねてくる。


 やっぱり聞こえたよね、私の声。心配して見に来てくれたんだ。

 その優しさが良心に突き刺さるよ…。

 カップルを覗き見してたとか絶対に言えない。


「何でもないよ。ぼーっとしてるとこに声かけられて驚いただけ」

「知り合いが居たのか?」

「ううん、知らない人。ぼけっとしてたから心配してくれたんだと思う」

「…まあ、何ともないならいい。ここはあまり人がいないから気をつけろよ」

「うん、ありがとう」


 申し訳なくもリルの気遣いが嬉しくて、私は笑顔でお礼を伝える。やれやれといった風に溜息を吐く彼は、「行くぞ」と言って踵を返した。


 その背中を追いつつ、ちらりと後ろを振り返る。そこはもう既に静かな図書室に戻っており、先ほどの男子生徒の姿も見えなかった。

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