第7話 国に伝わるおとぎ話

 翌日の教室にて。

 早速リルに尋ねてみると、歯切れが悪いながらも教えてくれた。


 リルは兄ネレウスさんと妹が一人の三人兄弟だという。ネレウスさんと妹は光属性を受け継いだが、リルはその恩恵に預かれず土属性。

 その辺の事情があって、話し辛かったのかもしれない。しかしあのネレウスさんが長子である為か、兄弟仲は至って良好と聞いて安堵する。


「お兄さん、いい人よね」

「…そうだな」


 リルは目を逸らして、何か考えているようだ。私は情の欠片も湧かない異母兄弟しかいないので分からないけど、優しい兄弟だとしても思うところがあるのだろうか。

 沈黙するリルを見て、無遠慮に首を突っ込みすぎたと反省する。


「光属性を継承する公爵家ともなれば、国への影響力は相当だろう。いずれ当主となる人物がああいう気質であるのは、シルフィードにとって非常に有益だ」

「難しい話をするのね」


 というか、言い方が他人事すぎない?

 貴方のおうちのことだよね?


「別に難しくないだろ。独り言だ、気にするな」

「うん? うん」


 何となく引っかかったものの、追及する頭の良さがないので諦めた。


 それにリルは結構、視野が広い。普段はあまり感じないが、時々物凄く冷静かつ客観的に物事を見ている。流石は公爵家の教育を受けた人だ、と感心する場面は割とあった。


「リューコ!」


 そうしたところにカナメの声が飛び込んできて、そちらに顔を向ける。


「今日の放課後、図書室に行かない?」

「いいよ。勉強?」

「うん。成績も気にしとかないとね」

「了解」


 ここは魔法学園という名だが、魔法以外の勉強も当然存在した。

 私は一般教養は苦手だけど、国や世界を知る分野の授業は好きである。ニジマスワールドを深く理解することができるからだ。

 学校の勉強が萌えに繋がるなんて、前世では考えられなかったな。でも好きなことを仕事にしている人は、こういう感じなのかも。


「リルもどう?」

「あー…、じゃあ行く」

「あら、珍しいわね。お邪魔虫の私がいても平気?」

「お前ちょっと黙れ、カナメ」


 何やらニヤニヤするカナメの不思議な発言に、リルが彼女を睨んでいる。


「?」

 言ってる意味がよく分からないが、仲が良いのはいいことだ。



 そんな訳で私達三人は、放課後に図書室へ行くことになった。



 学園の図書室はとても広く、随所に読書スペースが設けられている。品揃えも豊富だし、娯楽系以外なら国中の本が集まっていると言っても過言ではない。


 …にも関わらず、図書室を利用する人は少なかった。静かでお喋りには向かない場所の為、キラキラしい貴族のお子さん達には陰気に感じられるのだろうか。


「それもあるけど、『借りる』ってのが嫌なんだと思うわ。読みたければ買っちゃうのよ、皆」

「なるほど」


 基本的に貴族はプライド高いしね、と続けるカナメに、私はふんふんと納得する。色々と緩い設定のニジマス貴族達でも、そういう所は前世における貴族のイメージ通りのようだ。目の前の友人達には当てはまらないが。

 それに現世は活版印刷はあれどスキャンができないから、必要な部分を複写するのも大変だろう。それならば、常時手元に置いておけるほうを選ぶのも分かる。それが可能な財力を持っているのだから尚更だ。


 借りれば無料タダなのに…と思うのは、私が貧乏男爵家だからということにしておく。


「これ持ってきたの、お前か?」


 そう言ってリルが掲げたのは、「瘴気の魔女ミアズママギサを知る」という本だった。装丁から察するに歴史書のつもりなのだろうが、フィクションの棚に入れられていた不遇の本である。


「あっ、うん。ちょっと息抜きにと思って」


 今日はカナメの要望で歴史科の勉強会だ。暗記が少々苦手な彼女は、「過去に拘らず生きていきたいものね」と溜息を吐いている。

 なかなか深い言葉だ。本人は軽いノリで言ったようだけど。


「そうか」

「?」


 リルは手にした本をじっと見つめている。


 瘴気の魔女ミアズママギサは、シルフィード王国に伝わるおとぎ話だ。簡単に説明すると、「昔々ある所に瘴気の魔女ミアズママギサが現れて人々に襲いかかりました。しかしめっちゃ強い光属性の人が来て魔女を倒しました。めでたしめでたし」って内容である。


 そんなよくあるストーリーのおとぎ話だけど、実はこれ本当に起こったことなのだ。昔々もさることながら、つい最近にも魔女は現れ、そして倒されている。


 どこで? 誰によって?

 気になるよね。


 勿論このニジマスの舞台、国立エイヴァン魔法学園で。

 第一部のヒロインが、漫画の終盤に戦って勝利していた。


 すなわち、現在はとっても平和なのである。めでたしめでたし。


 補足説明すると、そのバトルはヒロインと数名しか現場に居合わせていない。正体不明のままヒロインが撃破した為、最後までソレが瘴気の魔女ミアズママギサだとは判明しなかった。ヒロインだけは魔女のおとぎ話が脳裏をかすめる描写があったけど、結局は彼女も確信を得るには至らず。


 そういう訳だから、瘴気の魔女ミアズママギサに関することは相変わらずおとぎ話とされている。稀にこの本の著者みたいな核心に迫る人がいても、相手にされないのが普通だった。


 だというのに、リルは魔女の本を真剣な眼差しで捲り始めている。

 これは真実だ!と訴える著者の熱意が届いたのだろうか。


「早速息抜きしないでくれる? 一緒に来たからには手伝ってもらうわよ、リル」

「カナメはとりあえず丸暗記でいいんじゃないか」

「覚え方とかあるでしょ」

「何度も反芻しろ」

「基本すぎる」


 カナメの言葉に顔を上げたリルは、魔女の本を閉じて一般の歴史書を手に取った。漫才会話から思うに教えるのは不得意そうだが、彼は頭が良い。手を貸してくれるつもりはあるらしい様子に、私はやっぱり優しいなとこっそり微笑む。


「じゃあ、頑張りますか」

「おー!」


 私の掛け声にカナメが控えめながらも拳を上げ、お勉強タイムは進んでいった。

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