第5話 占いに行こう

「日本って落ち着くわー」

「ニホン?」


 漂う和の雰囲気にしみじみと言葉が溢れ、カナメの鸚鵡返しでハッと我に返る。


「何でもないよ、気にしないで」


 慌てて首を横に振って取り繕うと、カナメは不思議そうな顔をしつつも追及はしてこない。助かった。



 私達が今いる所は、学園内にある神社の境内。砂利敷きの道を拝殿に向かって歩いている。踏みしめる度に響く砂利の音が、何とも耳に心地よい空間だ。


 驚くなかれ。西洋風ファンタジー漫画ニジマスの世界には、教会の代わりに神社がそこら中にある。地方だと変な要素が混ざっていたりすることもあるが、王都の主要な場所においては、きっちり日本の様式で存在した。懐かしさもひとしおである。


 さてそんな神社に何しに来たかと言うと、勿論お参りだ。神様に健やかなる日々の感謝を伝え、そして狙い通りの婚活成功をお願いする。後者の比率がめちゃくちゃ高くても見逃して欲しいところだ。人生かかってるからね!



 拝殿に着き、カナメと並んで念入りに祈りを捧げる。二拝二拍手一拝が感慨深い。胸中で自分にも気合いを入れ、私は細く息を吐いた。


「よし! それじゃあ、お待ちかねの時間よ」


 くるりと踵を返したカナメが、まっすぐにを見つめる。彼女に倣って社務所に目を向け、私は大きく頷いて答えた。


「うん!」


 今日ここに足を運んだ一番の目的は参拝ではない。

 あの社務所にいるニジマスキャラの陰陽師に、婚活の行方を占ってもらう為に来たのである。



「長かったね…」

「今日はこれでも少ないほうらしいわよ」

「マジですか、カナメさん」


 つい敬語なんか使って役作りしてしまう。そうしないと疲れ果てて溜息しか出なくなりそうだった。漫画で陰陽師の占いが大人気なのは知ってたけど、その覚悟をもってしても待ち時間の辛さよ。椅子が用意されていたことには、心の底から感謝している。


 そうして漸く順番が回ってきて、私とカナメは社務所内の小さな一室に案内された。事務員さんにお茶を出されて占いの事前説明を受けた後、陰陽師ことイザナギ・オーノ伯爵令息がにこやかに現れる。


「ごきげんよう。ようこそいらっしゃいました。イザナギ・オーノと申します。宜しくお願いします」


 うわああ、本物だー!!!!

 待った甲斐があったああー!!!!


「カナメ・フォールズです。宜しくお願い致します」

「リューコ・ビフレストです。よろしくお願いします」


 輝く銀髪の三つ編みポニーテール、濃い水色の瞳。柔和な雰囲気、超イケメンな顔立ち。間違いなくニジマスに出てきた、陰陽師のナギくんだ。袴姿もそのまんまで大変素晴らしい。ここに彼のちょっと天然な彼女が居てくれたら、眼福すぎて死ねる。


「今日はどのような占いをご希望ですか?」

「えっと、私達の結婚相手がどんな人か分かればと思いまして」


 眩しいアイドルを前にし、カナメが緊張しながら答える。アカリちゃんと話す時は最初からしっかりしてたのに、もしやナギくんが最推しなんだろうか。

 私は……うん。決められないな!


「ではお一人ずつ占いますね。フォールズ様からで宜しいでしょうか?」

「はい。お願いします」


 ナギくんの占いは途中までアナログだ。

 依頼者に占う事柄に関連することを幾つか尋ね、その回答と本を参考にメモを取る。五芒星の書かれた紙にメモが充実したところで、アナログ作業は一旦終了。

 続いて紙上の五芒星に手をかざして目を閉じ、陰陽師パワーで占うのだ。この際かざした手と五芒星が共鳴するように光る為、占い初体験のキャラは一様に驚く描写が入る。今もカナメが隣りで目を見開いていた。因みにナギくんのこの力は魔法とは別物である。

 そして占い過程を知っていた私はというと、初めて実演を前にした感動に打ち震えていた。


「お待たせ致しました。結果ですが…」

「はいっ!」


 カナメが前のめりで食い気味に返事をする。

 分かるよ、その気持ち。


「静かな夜に穏やかな風が舞っている、そんな光景が視えました」

「?」

「フォールズ様のご結婚相手は、本質を見極め、周囲に惑わされない眼を持つ方です。強い風の魔力はひた向きで純粋ですね。彼と過ごす時間は心落ち着くことでしょう」

「……ええと」

「つまり風属性で魔力が高くて、物事に動じない癒し系ってことですね?」


 困惑するカナメに代わり、私はナギくんに確認を取った。


「そうですね。概ね、そのような人だと思います」

「そうなんですね…」


 カナメは微笑むナギくんをぼんやり見つめている。

 結果を消化中なんだろう。


「何かご質問等はありますか?」

「いいえ。ありがとうございました」


 尋ねられてハッとしたカナメは、漸く笑みを見せてお礼を述べた。



 ここで少し魔法についての解説を。

 この世界では各々の使える魔法に傾向があり、それを属性と呼んでいる。いわゆる四大元素の「水・風・火・土」に、それらの元となる「光」を合わせた五種類で表され、光属性は何でもできる万能だ。属性は生まれつきのもので、大抵は一つだけを継承する。


 私は火属性で火を創り出すことができ、母と二人で暮らしていた頃は大活躍だった。今も弁当用に料理をする際など、変わらず重宝している。コンロ的な魔導具はあるんだけど、自分の魔法のほうが火加減を細やかに調整できていい。


 ただ、このことは母から他言無用を固く約束させられていた。成長するにつれてその意味を理解し、この度クソ親父によってそれは確定した訳だけれども。


 さて、そんな親父とおさらばする為の大事な大事な結婚相手とは!?



 という訳でカナメと同様の流れを経た私は、占い結果をドキドキしながら待つ。


「火の鳥が広い大地を飛んでいるのが視えました」

「火の鳥…」

「ビフレスト様のご結婚相手は、とても情熱的な方です。それに豊かな大地に愛されていますね。ビフレスト様を幸福に導く素敵なご縁だと思います」

「本当ですか!」


 思わず身を乗り出してしまった。


 いやだって最高の結果だよ、これ。

 ナギくんの占いは物凄く当たる。幸せになれるということは、クソ親父と縁が切れるに違いない。ますます婚活意欲が湧いてきた。


「相性もいいので、きっと楽しく過ごせますよ」

「ありがとうございます!」


 テンションが上がった私はついナギくんと握手しそうになり、慌てて持ち上げた手を引っ込めて笑顔を作る。



「本日は、ありがとうございました」


 そうして大収穫を得た私は、意気揚々と社務所を後にしたのだった。

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