第4話 ヒロイン疑似体験

 その日はたまたま一人で歩いていて、見覚えのある人達に捕まった。



「貴方、一年生でしょう?」

「それに男爵家だなんて、嘆かわしい」

「貴方のような人が他国の王族に近づいてはいけないのよ」


 この学園らしい美少女三人組に囲まれた私は、興奮している。


「ホアカリ王子殿下とはもう会わないと約束なさいな」


 三人組の一人がそう言った時、思わず顔が緩みそうになり慌てて奥歯を噛み締めた。


(漫画のワンシーンきたこれ! 微妙に台詞は違うけど)


 現在目の前にいるのは、ニジマスでヒロインに言いがかりをつけていたモブ令嬢達だ。だから私は初対面にも関わらず、彼女達の顔も名前も把握している。

 先日のランチからアカリちゃんとよく話すようになり、私は少々注目を浴びるようになっていた。それで私もヒロインのように目を付けられたんだろう。この人達はこれを年中やってるんだろうか、なんて冷静な突っ込みは無粋である。


「そう仰られましても殿下は友達ですので……あっ、よろしければ紹介しましょうか?」


 折角なのでヒロインと同じ台詞を返したかったが、会話が成り立たなくなるので諦めた。仕方ないので、ひとまずは穏便に済ませようと提案してみる。


「なんですって?」

「わたくし達を馬鹿にしてるの?」

「いい気にならないでちょうだい、男爵家のくせに」


 あれっ、いい話なのに乗ってきてくれない。

 というか、火に油を注いだ系?

 皆さん美人なのに、とっても残念なお顔になってますよ。


(うーん、困った)


 漫画だとこの辺で主要キャラが助けてくれるんだけど、そこまで期待するのは無理か。単に似た状況ってだけだし。


「リューコ? そんな所で何してるんだ」

「!」


 聞き慣れた声に顔を向けると、そこにはリルが立っていた。

 モブ令嬢達の視線も集まって、少し顔をしかめている。


、遅くなってごめんね。今行くから」


 そこで閃いた私は彼の家名を滑舌よく呼び、するりとモブ令嬢達を避けてリルの腕を取った。


「!? おい…っ」

「すみません、私用事があるのでこの辺で。ごきげんよう」


 リルを引っ張って歩き出しながら、モブ令嬢達ににっこりと会釈する。早足で場を離れる際、後ろで「ベティウガイザ公爵家…」という声が聞こえた。


(大成功ー!)


 あのモブ令嬢達は三人とも子爵家で、身分を物凄く気にしている。平民のヒロインには強気だったのに、助けに来た伯爵令嬢には逆らわなかったのだ。その伯爵令嬢は人と接するのが苦手な子だから、退けようと思えばできたはずなのに。


 そんなヒロイン救出場面をなぞるように現れたリルを見て、これは乗っかるが吉だと思ったのである。


「リル、ありがとう。助かったわ」

「礼はいいから説明しろ。あと、手を離せ」

「あ、ごめん」


 リルを見上げると何だか顔が赤い。気持ちが急いて小走りになってしまったからだろうか。申し訳ないと思いつつ、リルの腕を掴んでいた手を離した。


「実は、かくかくしかじかで…」


 手近にあったベンチに腰かけて顛末を話すと、リルは額に手を当てて大きな溜息を吐く。


「お前もう、あいつと関わるのやめろ」

「アカリちゃんのこと? それは嫌よ、友達だもん」

「その呼び方もやめろ」

「本人に許可もらってるから大丈夫だって」

「そういう意味じゃない」


 リルはまた溜息を吐き、何故かうなだれている。

 迷惑もかけたし心配してくれてるのは分かるが、こんなことでアカリちゃん友達を避ける気はなかった。最初は吃驚したけど仲良くなれて嬉しかったし、私にとって幻の第二部を間近で見られるチャンスでもある。

 とはいえ先ほどのアレをまた体験したいかと聞かれると、確かにもうお腹一杯ではあった。


(ヒロインには護衛騎士がついた訳だけど)


 ニジマスの場合はヒロインを心配したローズマリー様が、信頼する従弟に彼女の護衛を頼んでいる。学園の生徒かつ騎士でもあるその人こそ、ヒロインと結ばれたメインヒーローだ。うん、思い返すだけで素敵。


「私も守ってくれる人がいたらなあ」


 ついでに嫁にもらってくれて、クソ親父と縁を切れる程度の権力があれば尚良い。現状としてロマンスの優先順位は低いが、その辺も多少は期待している。

 となると私がするべきはやはり、一にも二にも婚活だ。


「俺がついててやろうか」

「え?」

「今日みたいに一人の時は俺に言え。どこでも付き合ってやるから」


 そう言うリルの声は真面目なもので、本当に気遣ってくれているのが分かる。思わずその顔をまじまじと見つめると、彼はフイと目を逸らした。


(おお、相変わらずのツンデレ風味)


 風味と付け足す理由は、ツンデレと断言するほどツンツンしてないからである。それにしてもこのイケメンな優しさ、流石は第二部推定メインヒーローだ。そのイケメンぶりを新ヒロインに披露する際は、是非とも現場を押さえさせて欲しい。


「ありがとう。でも大丈夫よ。一人にならないように気をつけるから」

「じゃあ、どうしても一人になりそうな時には言えよ。…心配だし」


 語尾に小さく足された言葉がくすぐったい。

 私はつい、くすくすと笑って頷く。


「うん、そうするね」


 笑ったことを怒るかと思ったけど、リルは「おう」と短く答えるのみ。でも、明らかにほっとした様子なのが見て取れる。


 その姿に私は少しだけ、リルがモブキャラだったらな、と思ってしまった。

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