第3話 中庭のアイドル達

 アネモスの庭は、広い学園敷地内にある中庭の一つだ。

 ベンチやテーブルセットが幾つもあって日当たりもよく、晴れた日には人気のスポットである。


 今日は朝からポカポカといい天気で、風もほとんどない。

 開放的な中庭でのランチには持って来いの日だ。




「フェニックス王国の王子殿下もいるなんて、ツイてるわ」

「それね」


 いい感じにアイドル達を眺められる席をゲットした私は、カナメとともに至福の溜息を吐いた。神々しい方々にうっとりしながら、ぱくりと玉子焼きを頬張る。美味しい。食べ慣れた自作弁当の味もぶち上がるというものだ。


 視線の先にはフレイ・シルフィード王太子殿下、その婚約者のローズマリー・エーレンシュタイン公爵令嬢。そして隣国フェニックス王国のホアカリ・フェニックス第三王子殿下が、三人で食事を楽しんでいる。

 ホアカリ殿下もニジマスに登場した人で、第一部、すなわち昨年の冬から留学に来ている三年生だ。フレイ殿下とローズマリー様は二年生。


「人って輝くものなのね…」


 殿下達はキラキラと金色のオーラを放っている。ように見える。自国の二人が金髪だからとか言ってはいけない。赤髪の隣国王子からだって、金色の光が飛んでいる。気がする。

 因みにフレイ殿下は金色の髪と瞳を持ち、ローズマリー様は金髪のボリュームある三つ編みと紫の瞳。ホアカリ殿下は燃えるような赤色のサラサラ長髪、そして紫の瞳だ。


「ホアカリ殿下は受けつけないって子もいるけど、私は全然ありだと思うの」

「同感。魔性のアカリちゃん最高よ」

「ちょ、声抑えてリューコ! 知り合いでもないのに呼んじゃ駄目でしょ」

「聞こえてないって」


 何を隠そう、ホアカリ王子はオネエキャラだ。ヒロイン他に自分のことを「アカリちゃん」と呼んでと乞う、明るくも妖艶な人気キャラである。しかしそうしたキャラ故に、物語の中では敬遠されることも稀にあった。但しそれを補って余る超美形なので、概ねは普通にアイドル扱いとなっている。


「アカリちゃん、恋人作らないのかしら」


 第一部ではヒロインを構いつつも、最後までフリーだった。第二部では彼にも恋人ができる展開があるかもしれないと思うと、わくわくする。

 ニジマスはヒロインの他にも、沢山のキャラの恋愛模様が描かれていた。フレイ王子と婚約者ローズマリーもしかり。どのカップルもお気に入りだから、今後も順次見に行く予定である。


「そうねえ、貴方みたいな美人さんとなら是非お付き合いしたいわ」


 声が降ってきたのと、するりと髪をすくい上げられたのは同時だった。


「!?」

 驚きに震えた体で振り返ると、そこにはなんとアカリちゃんが立っている。


 え? 何? 残像?

 でも今、喋ったよね?


「私もご一緒していいかしら。まあ、美味しそうなお弁当ね」

「えっ? はい。どうぞ、お構いなく」

「どうぞお掛けになってください。王子殿下とテーブルを囲めるなんて光栄です」


 気が動転して変な返事をする私に代わり、サッと立ち上がったカナメが椅子を引いた。生粋の貴族の対応力凄い。


「ありがとう」


 そしてどうやら残像ではないらしいアカリちゃんは、名残惜しそうに私の髪から手を放すと席につく。髪が自分のそばに戻ってきたのを感じた時、かあっと顔が熱くなった。


「うふふ、近くで見るとますます可愛いわあ。私はホアカリ・フェニックスよ。よろしくね」


 そう言ってアカリちゃんは艶やかな眼差しでこちらを見つめる。彼のそうした雰囲気は漫画でよく知っていたが、実際に相対すると本当に凄まじい威力だ。めちゃくちゃかっこいい。そりゃあ、悲鳴の一つも上げたくなる。


「ビフレスト男爵家のリューコです。よろしくお願いします、王子殿下」

「フォールズ伯爵家次女、カナメと申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 それでも何とか挨拶できたことを褒めてほしい。遠巻きに騒いでいるのと、そばで粗相してしまうのでは天地の差だ。しかも相手は隣国の王族だし、婚活に響くのは困る。


「あら、『アカリちゃん』でいいのよ? さっきみたいに」

「いいえ、そんな、先ほどは大変失礼いたしました」

「そんなに畏まらなくて大丈夫よぉ、学園内だもの。私、リューコちゃん達と仲良くなりたいわ。だから気にしないで『アカリちゃん』って呼んでね」

「あ、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて…、アカリちゃん」

「なあに、リューコちゃん」

「えへへ」

「うふふ」


 身を正していられたのは一瞬だった。

 アカリちゃんのペースにのまれ、私はすっかり脳内がお花畑になる。


 だってニジマスキャラがこんなに近くにいるんだよ!?

 堪能しなきゃ!!!


 リルもニジマスキャラだけど、第一部メンバーに対する思い入れはやはり強い。



 そうして浮かれまくった私は周囲の視線も気に留めず、友人と隣国の王子様との楽しいランチを過ごしたのだった。

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