第2話 追い風のカオス
エイヴァン魔法学園、とある朝の教室にて。
「おはよー!」
「はよー」
「うっす」
「んあー…」
ハイタッチして笑い合う令嬢達、欠伸しながら適当な返事をするどこぞの令息。それらを何とも思わない他の生徒達。
うん、知ってた。
ビフレスト男爵家で躾けられたマナーなんて、王族を前にしない限り大して必要ないってことは。
(そういう意味でもラッキーよね)
机に頬杖をつき、私は気の抜けた顔で教室内を眺めていた。
少女漫画「ニジマス」は、魔法が存在する西洋風の王国で繰り広げられる恋愛もの。魔法が使えるのは遺伝継承されてきた王族と貴族だけで、平民は基本的にその力はない。故にこの魔法学園に通うのはもっぱら、王族・貴族の子供達である。
すなわちとっても敷居が高い……のは確かなんだが、ニジマスの貴族設定は色々と緩かった。イメージ通りのお堅いタイプもいれば、現代人みたいな普通さで接する人も多くいる。更にこの学園は規則の中に「誰もが身分に関係なく平等」とある為、輪をかけて日本の中学や高校を彷彿とさせるノリ。ニジマスはよくある西洋貴族ファンタジーを軸にした、所々カオスな世界観の物語だった。
しかしお陰様で私がうっかり曝した素行に眉をひそめる人はいても、即座に元平民だと気づかれることはない。これは大変助かる。流石に平民だった娘をもらうとなると、気にする人のほうが圧倒的だろうからね。たとえ血統がまぎれもなく貴族だろうとも。
私はこの学園で玉の輿に乗るという使命を果たす。親父と縁を切り、お母さんも一緒に暮らせる相手を探すのだ。クソ親父の駒になる気など更々ない。
(それにしても、本当に目の保養だわあ)
美少女と美少年が溢れる空間に、ついつい顔がにやける。大多数はモブの皆さんだと思うけど、その他大勢とは思えない顔面偏差値の高さだ。ニジマス世界最高。
「リューコ。お前、顔がヤバイことになってるぞ」
降ってきた声に視線を上げると、そこにはクラスメイトのリル・ベティウガイザ公爵令息がいた。綺麗な金髪のミディアムヘア、赤色の瞳は大きめだけどツンデレっぽい眼差し。そして超がつくイケメン。
ついでに言うと私はピンク色のロングウェーブヘア、ロイヤルブルーの瞳だ。
「やーねぇ、女の子に向かって言う台詞じゃないでしょ」
「注意してやってるんだろ。黙ってちゃんとしてればまあ、まともなんだから」
「ああ、ありがとう。そうよね、婚活に響くしね」
「婚活」
「リルも頑張ってね」
「俺は婚活なんて…」
「まあまあ、これから貴方には素敵な出会いが盛りだくさんよ」
「人のことより自分のことを」
「うふふ、楽しみねえ」
「聞けよ」
うんうん、まだ新ヒロインには出会ってないみたいだもんね。
今は分かんないよね。
リルはニジマス第二部のヒーロー(恐らく)だ。そんな彼とクラスメイトで席も近いなんて、私は運がいい。これから彼がどんな恋愛模様を見せてくれるのか、大いに期待している。
え? 物語を知らないのかって?
それが何と私は第二部開始前の小出し情報に心を躍らせていた最中、トラックにはねられて死んでしまったのだ。だからニジマスの第二部は全く知らない。私が得ていた情報は新キャラ一人の容姿と名前、舞台となる時期くらいか。で、この新キャラがリルだ。ニジマスには珍しいツンデレ風味な佇まいから、メインヒーローではないかと睨んでいる。
ところでお察しかもしれないが、この世界において第一部は既に終了済みだ。私が前世の記憶を取り戻した頃、エンディングを迎えている。これに気づいた時は流石に心が折れかかった。ビフレスト男爵家で厳しいマナー講座を受けてる真っ最中だったからね。泣いたさ。
しかし私は第二部の存在を思い出す。
ヒロインが一年生の時を描いたのが第一部。
彼女が二年生になり、新一年生の中に別のヒロインが登場するのが第二部。
私は新ヒロインと同い年だった。ならば、未読の第二部を間近で見ることができる。第一部完結後の旧ヒロイン達の様子を拝むことができる。
よし、生きよう。
てな訳で、婚活しつつニジマスキャラ達の姿も楽しむ。
それが私の学園生活となっていた。
「リューコ、おはよう!」
「おはよー。どうしたの、テンション高いね」
「ふふふ、今日のお昼はアネモスの庭で食べるわよ。フレイ王太子殿下がいらっしゃるって聞いたわ」
「心得た。私はお弁当持って来てるけど、カナメは?」
「さっきカフェテリア行って買ってきたから、問題なし」
「流石ね。じゃあお昼になったら急いで行こう。いい場所取らなきゃ」
「承知」
力強くサムズアップする彼女は、友人のカナメ・フォールズ。茶色の大きな瞳と元気なポニーテール、額を出した厚めの横髪が特徴の伯爵令嬢だ。気さくで明るい性格、そして私と同様のアイドル好きである。
ここで言うアイドルとは、美形が集う魔法学園において尚、飛び抜けて麗しい生徒達のこと。そのほとんどはニジマスの主要キャラなので、私は心置きなく萌えを語り合っていた。
因みに話に出たフレイ・シルフィード王太子殿下は、学園唯一の平民であるヒロインを何かと気にかけてくれる優しい王子様。漫画内でも現在でも、アイドルの頂点に立っている。
「王太子殿下は婚約者がいるだろ」
「そこは関係ないの、アイドルは眺めて癒しをもらうものだから。それに婚約者のローズマリー様もアイドルよ」
「絵画鑑賞でもしたらどうだ」
「その絵画が三次元……ええと、飛び出してきた状態なだけよ。リルも一緒に殿下達見に行く?」
「行かない」
口を挟んできたリルを誘ってみたが、やはりと言うべきか乗ってこなかった。
うーん、残念。
私とカナメ以外にも目の保養に行く人は多いだろうし、リルが恋のお相手と出会うシーンに立ち会えるかもという期待は儚くも散る。
ちらりと窺ったリルは何だか不機嫌そうにしてるけど、やっぱり物凄くイケメンだ。第二部の新キャラである彼も当然アイドル扱いだと思ったが、何故かリルはそこまで皆の目を引いていない。そういう設定なんだろうか。ツンデレ風味なだけで優しいところは、流石ニジマスの推定メインヒーローなのに。
(お陰で気楽に喋れて嬉しいけど)
熟読した第一部の登場人物とは違い、未知のキャラであるリルはより現実的な存在として私の中に収まっている。ニジマスの主要キャラではあるものの、ごく普通の友人だという気持ちも強い。公爵家なのに男爵令嬢の私にも普通に接してくれて良い人だし、仲良くなれたのは純粋に嬉しかった。
最終手段に公爵家の伝手で婚活を手伝ってもらおう、という打算が少しもないとは言わないけども。
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