第1話 プロローグ

 シルフィード王国の片田舎、ビフレスト男爵領内の一角。

 そこにある質素だけど至って普通の平民母子家庭、それが私の家だ。


 裕福ではなくとも温かい暮らしに転機が訪れたのは、ある冬の終わり頃。

 閑静なエリアに佇む我が家に突如、領主様の遣いが現れたことから始まる。



「本物だあ…」


 馬車を降りて目にしたそこは、間違いなく国立エイヴァン魔法学園だった。夢にまで見た光景にうっとりしていると、後ろから咳払いが聞こえてくる。


「リューコお嬢様。何度も申し上げますが、ビフレスト男爵家の品位を落とさぬよう、くれぐれもお気をつけください」

「分かっています」


 興を削がれて眉間に皺を寄せながら、私は小さく溜息を吐く。

 それでも目の前に広がる憧れの世界に、ときめく心は止まるはずもない。


(ここが…)


 そう、この場所こそが。


 私が前世で大好きだった少女漫画、「虹色の恋☆魔法マスター」略して「ニジマス」の舞台となった魔法学園なのだ。




 前世の記憶が蘇ったのは、嫌味な執事のアロガントさんに会ってから。いっぺんにではなく、突然慌ただしくなった日々を過ごす中で徐々に鮮明になっていった。


 慌ただしさの原因は、ひとえに私のクソ親父の魂胆によるもの。


 私は生まれてこの方ずっと平民として生きてきたが、実はこの田舎領地を治めるビフレスト男爵の浮気相手の子だった。愛人を持つ貴族は多いのだから屋敷に連れ帰ってくれればよかったのに、正妻を恐れた親父は母を捨てる。折に触れ様子を窺ってはいたらしいけど、こちらが気づくようなアクションは無し。

 何やら正妻とその子供達は贅沢三昧で、母や私までそうなっては困るというのも理由の一つだったとか。その話から察する通りビフレスト男爵家は資金繰りに苦労していて、裕福な貴族と繋がりを持ちたいが為に私を呼び寄せた。


 つまり、金持ち貴族との縁談の駒になれという訳である。因みに正妻の子供達が捕まえた相手の家々は、同レベルばかりで何の期待もできないそうだ。


 知るかボケ。


 …と、言えないのが腹立たしい。

 自分に貴族の血が流れているのは推測していたので驚きはないが、だからといって反抗できるはずもない立場だ。平民エリアに残っている母のことも心配だし。


 という訳で貴族の若者達の出会いの場、もとい勉学の場の魔法学園に通わされることとなる。四月の入学までに教養などを叩き込めるだけ叩き込まれ、はるばる王都までやってきたのが今だった。



(寮生活なのはありがたい)


 割り当てられた部屋に荷物を運び終わると、漸く一人になれた。入学式は明日なので、今日はもうゆっくりできる。ベッドに寝転がって息を吐いたら、うとうとと瞼が重くなってきた。


 かくして大好きだった漫画「ニジマス」の世界で、私の婚活を含む学園生活がスタートしたのである。

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