今日はあのクズと縁切りできたお祝いよ!


 誰もが知っていて当然のこと。


 これを知らないのは、愚かな貴族というのと同義。むしろ、文字も読めないのか? と問われるレベル。もしくは、知っていて、敢えてこれを破ったというのなら、王家になんら含むようなことがあるということか。はたまた、我が国の貴族教育を受けていないということ。


 それくらいの、常識だ。


 まぁ、この国の貴族の常識であって、平民でも下層の貧困層では十代半ば以下の女子の婚姻も、妊娠出産も完全には無くなってはいないというのが現状ではあるけれど。


 それでも、我が国では十六歳以下の女子の妊娠出産は他国の平均よりは低く、女性の平均寿命は他国よりも数年長い。若年齢での妊娠出産が、如何に女性の健康や寿命を損なうかが見て取れる。


「それに、もし子供が無事に生まれたとしても、未婚状態で産んだ私生児は、幾ら貴族の子供でも貴族籍には入れませんわ。法律で決まっておりますもの」

「え?」

「一応、抜け穴が無いワケではありませんけど。仮令たとえあなた方が結婚できたとしても、そのお腹の子は貴族籍に入れない。実子とは認められませんので。元が他人というていで養子として、家の籍に入れることは可能ですが。それだと継承権はその子の次に生まれた、婚姻後の実子と認められる子の方が優先されます」


 これは女子の若年齢での妊娠出産を防止する為に、一役買っている法律でもある。


「そのお腹の子が女児ならばまだマシですが、男児でしたら継承権は泥沼の様相を呈するかと。実子である筈なのに、明確に差を付けられて養子扱い。しかも、継承権は次子以下の弟妹にも劣る。可哀想な思いをして育つことは想像に難くないかと。そのような環境下で宜しければ、『愛の溢れる家庭』になるといいですわねぇ?」

「なに、それっ……」

「更に言うと、そもそも彼が爵位を継げるのか自体、怪しくなっていましてよ?」

「っ!?」

「なっ、どっ、どうしてっ!?」

「先程、言いましたでしょう? 『若年齢での女性の妊娠出産を推奨しない』と、王家が大々的に下知させております、と。王家の意向に沿わない者を次の当主にする、だなんてそんなリスキーなこと、おじ様が選ぶとお思いで?」


 彼女は……多く見積もって満十五歳だとして。それでも、十五歳での妊娠と十六歳での妊娠とでは、王家に抱かれる印象が段違いだ。彼女の小柄で可愛らしい容姿も、印象としてはマイナスに拍車を掛けるだろう。


 我が国の貴族教育を受けていないと思われるような、もしくは字すらも読めない愚か者であると公言しているような、さもなくば王室の意に逆らい、常識が無いと、王家や世間から白眼視され、後ろ指を指されてしまうような、そんな息子に跡を継がせるか?


 普通に考えて、答えは否だろう。


「………………」


 彼の顔が、青を通り越して一瞬で真っ白になった。


「あなた、妹さんがいますでしょう? 妹さんはまだ若いですもの。今から当主教育をしても、きっと間に合いますから大丈夫ですわ! あなた方は、その愛を貫いてくださいな」


 にっこりと、笑顔で言い募る。


 数年先の未来を見通すのは、おバカさんには難しかったのかもしれないが・・・


「こんな風に当事者だけで呆気無く、簡単に白紙になるような婚約の確認の手間すら惜しんで。愛しているという相手の、たった数か月後の健康や、命すら脅かし兼ねないという、その危険性すら知らなかった、『愛さえあればそれでいい』、と。本当に、恐ろしい程に一途で無謀な愛情・・ですこと」


 こんな、相手のことをなにも考えないのが『愛』ねぇ?


「では、もう一度改めてお聞きますが・・・相手の健康どころか命すらも顧みない、一時の興味や盛り上がった感情にる自分本位な慾望や快楽って、本当に愛なのかしら? ねえ、あなた方お二人はご自分達の仰っている『その愛』があれば、お相手やご自分の死すらも厭わないの?」


 二人はわたくしの質問に答えることなく、蒼白な顔で俯いたまま。


「わたくしは、そんな風に自分の命や未来すらも惜しまない『愛』だなんて怖くて、とてもとても真似できそうにありませんわ。真似したいとは、全く思っておりませんけれど」


 わたくしが考える『愛し合う』というのは、お互いのことを思い遣りながら尊重し、慈しみ合う関係のことだ。そう思うわたくしが、ロマンチストなだけなのかしら?


 二人を見やると、先程までの自信や希望、優越感に満ちた表情などが、微塵も感じられない。漂っているのは……絶望や悲愴感かしら?


「では、お客様のお帰りよ」


 パンと手を打ち、使用人に二人を追い出させる。


「お嬢様、玄関先に塩を撒いておきました!」


 と、ずっとあの二人の後ろで般若の如き顔をしていた使顔用人がやっと笑顔を見せて報告。


「そう、それじゃあ、今日はあのクズと縁切りできたお祝いよ!」


「「「お任せください!」」」


 使用人達が一斉に動き、この日は本当にパーティーになった。


 どうやら彼は、さっきの『愛の話』ですこぶる使用人達に嫌われていたようだ。


。.:*・゜✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・✽


 こうして、『愛が無い結婚は不幸だ』と言ってわたくしに婚約を破棄(そもそも婚約自体してなかったというのに)するよう突撃して来た二人だったけど――――


 彼女の方は、数日もしないうちに家庭の事情で学園を退学。


 彼の方も、病気療養の為に休学。おそらく、もう学園に戻ることはない。


 二人共、学園からいなくなってしまった。


 そして、彼の家からはお詫びの品がわたくしの家に届きました。


 お詫び、というには過剰な贈り物な気がしますが・・・おそらくは、口止め料なのだろう。


 彼女が妊娠していた、ということへの。


 事実の有無はどうあれ、彼らはやり方を間違えた。


 わたくしと『婚約の約束』をしていた人が――――いなくなっちゃった。


 これから、どうしようかしらねぇ?


 うちはお兄様がいるから、後継ぎには困っていないし・・・


 まぁ、しばらくのんびり考えましょう。


 とりあえず、どこぞの愚かなお花畑の二人のように、相手のことを思い遣ることのできない人間のクズはお断りと言ったところか。


 自由恋愛を否定する気はないけど、やっぱりある程度の順序って大事よね。


 特に女性は。男は自分のお腹で子供を育てないからわからないだろうけど、なにかあったら心身共に傷付くことになるのは女の方なんだから。身体も心も、男よりずっと深く・・・


 あんな、相手のことを全く考えないクズ男なんて願い下げだ。


 わたくしは、ちゃんとわたくしのことを真剣に考えて思い遣ってくれる人がいい。


 そういう人が・・・どこかにいないかしら?


 まぁ、焦らずにそういう誠実な殿方をさがしましょう! そして、一人でも生きて行ける準備をしなきゃ!


 わたくしはもう、フリーになったのだから♪


 ――おしまい――


__________



 ある意味、普遍的な話ではあるかと……


 女性の皆様、自分の心身や健康を守りましょう。そのための自衛は大事です。


 男性の皆様。責任は大事です。呉々も責任が取れない事態に陥らぬよう、自重と自制心を忘れずに。お気を付けください。


 皆様、ちゃんとご自愛なさってくださいませ。


 ある意味、この『『それ』って愛なのかしら?』は、


 『俺の暗殺を企んでいる(と思しき)婚約者に婚約破棄を叩き付けたら、社会的に抹殺されたっ!?』と通じるものがあると思います。


 『俺の暗殺を~』の方はブラックコメディータッチですが、気になった方は『月白ヤトヒコ』の作品リンクから覗いてやってください。(*´∇`*)

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『それ』って愛なのかしら? 月白ヤトヒコ @YATO-HIKO

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