お節介だとは思うけど・・・少し、『現実』というものを見せてあげようじゃないの。


 ふっわふっわした、どこぞのラブロマンスのようなことを宣った。


 なんだったかしら? 愛があれば……市井で暮らすことになろうとも、だとか。愛があれば外国で暮らすことになろうとも、だとか。愛があれば貧乏でも、だとか。愛があれば、それだけで……etc.


 まぁ、別にわたくしも……一つ年下だったからか、彼のことは手の掛かる弟くらいにしか思っていなかったから、そんな勝ち誇った顔で優越感に浸られてもねぇ? という気分で一杯だ。


 なんというか、お花畑なのは十二分に判った……


 昔から、この野郎のことは短絡的でノータリンだとは思っていた。彼のご両親には良くしてもらったから、このままわたくしに好きな人ができなければ結婚してもいいかな? と、思っていた。


 まぁ、今となってはむしろ縁が切れたという喜びしかない。


 こんな、こんなっ……出逢ってたったの数ヶ月で未成年の、それも年下の、脳みそお花畑で、頭の悪い馬鹿女を、孕ませるような無責任且つ短絡的なクソ馬鹿男だとは思っていなかったしっ!?


 もう、本当にコイツと結婚しなくて本当によかったっ!!!!


 それに・・・ぶっちゃけ、この脳みそお花畑な女には憐れみしか湧かない。


 こんなキラキラした瞳しちゃって、可哀想に・・・


 我が国の貴族としては、もう色々と致命的。それに、そういう風に『愛さえあれば!』と言って無謀な道を突き進んで幸せになれるのは、フィクションの中か、余程幸運な一握りの極一部の人だけだというのに。


 お節介だとは思うけど・・・少し、『現実』というものを見せてあげようじゃないの。


「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」

「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」

「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」

「そ、そうなのか?」

「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」

「そうですか。お二人は、愛があればそれでいい、と。他にはなにも要らないと仰るんですね?」

「え?」


 パチパチと大きな瞳を瞬かせる彼女。


「あなた方、歴史や保健の授業は真面目に受けていて?」

「? いきなりなんの話ですか?」

「あなた方はまだ学生です。一応、高等部生だと思うのですが、我が国の常識は知っていて? 学園を退学になるにしろ、一般常識も知らなくては苦労致しますわよ?」


 小柄で、中等部生徒でも通じそうな体躯。


 本当にこれからのことを判っているのなら、こんなに楽観的にはなれないと、わたくしは思う。


「なんですかっ? わたしが馬鹿だって言いたいんですかっ? 授業もちゃんと受けてます!」


 え? どう見ても馬鹿以外には見えませんが? と、出そうになった言葉を危うく飲み込む。


「この国の、十代に差し掛かった子供なら誰でも知っていると思うのですが。若年齢での女性の妊娠と出産は、我が国では推奨されておりません」

「? なにを……?」

「そ、それはっ、確かに教科書に書かれていましたけどっ……推奨されていないだけで、わたし達は実際に愛し合っているんです!」


 愛、愛している、愛し合っている、と馬鹿のように繰り返される言葉。


 本当に、ちゃんと授業は受けていたのかしら?


「つまり、平たく言うと、我が国では十六歳以下の女子の妊娠出産は、国に難色を示される事態だということです。知っていて当然のことなのですがね? まず、女性にとって妊娠と出産は命懸けのことです。成熟した女性の、それも二名以上の子供を産んでいる経産婦ですら、出産は命懸けなのです。それを未成年の、身体が成熟しているとは言い難い年齢での妊娠出産など、母体には著しい負担となるのです」


 彼女は小柄だ。同学年の女子生徒より、一回りは小さい。胸はそれなりにあるようだが。わたくしよりも……いや、そんなことより、今は彼らへ『現実』を教えてやるのが先決だ。


「基本的には、流産、難産、死産のリスクは当たり前。もし、無事に出産まで漕ぎ着けることができたとしても、その後の母体へのダメージから長いこと産褥に苦しむ可能性もあるそうです。はたまた、産褥から回復せず、起き上がることもできないないまま……というケースすら珍しくありませんわ」


 さっと顔を青褪めさせる二人。


「一時期、女性は若ければ若い程いいという風潮が流行った折り、年若い十代前半の女性が妊娠出産の際に儚くなってしまうという悲劇的な事例が多発した為、『若年齢での女性の妊娠出産を推奨しない』と、王家が大々的に下知させております」


 まぁ、つまり、貴族子女が十代半ば以下の年齢で妊娠出産という事態になってしまうと、王家の意向に逆らったという印象を持たれてしまうワケだ。


 当時の国王の娘が降嫁予定の貴族男性に溺愛されていて、早く結婚したいと王女に懇願され、国王は十三という年齢で王女の婚姻を許してしまった。王女を絶対に大事にする、と。閨事は十六まで待つ、という約束だったというのに。


 王女を溺愛していた夫は彼女の十六誕生日まで我慢し切れずに、王女が十四歳のときに手を出して孕ませてしまった。


 けれど、小柄で身体がまだ成熟し切っていなかった王女は子を流産した挙げ句、その後遺症で数年に渡って苦しんだ後、年若くしてそのまま……


 そんなことがあって、結果的に王女を殺したと言える降嫁先の貴族家……当時の公爵家は取り潰しとなった。その後、年若くして儚くなった王女を悼んだ国王が同じてつを繰り返させない為にと、『十六歳以下の若年齢での女性の妊娠出産を推奨しない』と大々的にお触れを出した。


 これは、我が国の歴史の教科書と保健の教科書であれば、絶対に記載されている有名な話だ。ちゃんと教育を・・・受けた・・・貴族子女・・・・であれば、誰もが知っていて当然のこと。

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