『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ

いい加減俺を解放してほしい。俺はあなたから自由になりたい。


「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」


 わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。


「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」

「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」

「そ、そうなのか?」

「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」


 と、わたくしの目の前でのたまうお花畑バカップル。


 わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。


 わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!?


。.:*・゜✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・✽


 ――――ことの発端は、わたくしが学園の最終学年に上がって、少しした頃のことだった。


 幼少期より、『婚約の約束』をしていた彼とのお茶会が事前にキャンセルされてしまった。


 そういうこともあるだろう、とそのときには気にしていなかった。


 でも、約束のキャンセル、それもドタキャンが何度も続くとさすがに不審に思う。


 それで調べてみることにしたら――――


 彼は、新入生の女子生徒と仲良くなっていた。


 わたくしとは違って小柄な体躯の、庇護欲を誘うような可愛らしい容姿をした年下の女の子と。


 学園内で、人目をはばからずに身を寄せ合う程で、恋人同士だと噂が立つような仲に……


 ああ、わたくしとの約束を破っていたのはそういうことか……と、納得した。


 彼が、彼女と一緒にいるときに見せる表情は、何年も前から知っている幼馴染みのわたくしが見たことの無い顔だった。


 彼は、彼女のことを好きになったのだ、と。判ってしまった。


 二人が寄り添っているその現場を目撃したわたくしは、彼と話をしようとすぐに動いた。


 けれど、彼がわたくしのことを徹底的に避け、彼と話し合うことが叶わなかった。


。.:*・゜✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・✽


 それから、二月ふたつき程が経って――――


 ある日のこと。彼が突然、わたくしの家にやって来た。


 件の彼女といきなり二人でやって来て、


「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」


 などと宣ったのだ。


 まぁ、この発言は許容しましょう。


「ええ、宜しいですわ。けれど、残念ながらわたくし達の婚約は破棄できません。そもそもこの婚約は」

「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」


 わたくしの言葉を遮り、彼は言葉を募る。


「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」

「ですから……」

「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」

「は?」


 続いた言葉に、思わず顔が険しくなってしまう。


「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」


 彼女が、目に涙を溜めて叫んだ。


「君はなにも悪くない。だから、謝らなくていいんだ。無論、婚約破棄に関しては俺の有責で構わないから、どうか彼女のことを悪く思わないでくれ。そして、いい加減俺を解放してほしい。俺はあなたから自由になりたい」


 申し訳なさそうな顔で不貞の事実を認め……その口で、わたくしがお前を縛っていたとか抜かす。この自己陶酔した馬鹿ガキ共がっ……


「……そもそも、わたくしとあなたは婚約を結んでおりませんので、婚約破棄の必要はありません」


 怒鳴り付けたいのを我慢して、告げる。


「「は?」」


 ぽかんとした間抜け顔がわたくしへ向けられる。


「ですから、わたくしとあなたの間にあったのは『婚約の約束』であって、正式に婚約を交わしてはいないので、婚約破棄をする必要は無いのです」

「なっ、だ、だって、あなたの家との政略でっ、結婚の約束だと父がっ!」

「ええ」


 わたくしと彼のお父上が友人同士で、そして互いの家に損が無いから、と。お互いの子供が大きくなったときに、もし子供達に好きな人がいなければ結婚させよう、という酒の席での口約束。故に……


「『婚約の約束』なのですよ。仮婚約、と称するのが近いかしらね? まぁ、どちらかが否と言えば簡単に無かったことできるので、仮婚約よりももっと軽くてフランクなものでしたが。ここ最近はあなたに好きな方ができたと思ったので、『婚約の約束』を無かったことにしようと話し合いを求めたのですが、あなたが逃げ回ったせいで、話し合いの場を持つこと無く今日を迎えてしまいましたわ」

「そんな……こんな簡単に、済むことだったのか……」

「ええ、そうですわね。それで、あなた方はこれからどうしますの?」

「え?」


 簡単に『婚約の約束』が無くなって呆然とした彼と彼女が、きょとんとした顔をわたくしへ向ける。


「ですから、これからどうするのかと聞いているのです。学園はどうするのか? お互いのご両親へのお話は? そのお腹の子供を産むのか、それとも産まない」

「産みます!」


 またもや、わたくしの言葉を遮っての宣言。


「そうですか。これから大変かと思いますが」

「わたし達は愛があればそれでいいんです! そうよね?」


 ぎゅっと繋がれた二人の手。けれど、


「あ、ああ。そう、だな……」


 わたくしがお互いの両親、という言葉を出した後から彼の顔色が優れない。


「子供が先になって、普通の順番はちょっと違うかもしれませんけど、わたしは彼と結婚して、愛の溢れる幸せな家庭を築いて行こうと思います! 愛情の無い家庭なんて寂し過ぎますからね! 大丈夫ですっ、わたしと彼でこの子を立派な貴族として育てて行きますから安心してくださいね!」


 と、そう笑顔で宣言した彼女の顔には、わたくしへの優越感が滲んでいた。『彼が選んだのはわたしよ!』と、夢と希望に満ち溢れた表情をして――――


 ふっわふっわした、どこぞのラブロマンスのようなことを宣った。

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