第5話 小さな思い出と…

 ミオは覚悟を決めて瞼を下ろし、心を殺した。

 そんな彼女を包んだのは、人肌と等しい程度の温度と——優しい香りだった。


「おい、何をしているんだ?返答次第では…俺はお前たちを逃がさないぞ…」


 大好きな人の声がする。

 ミオにかぶせられたのは、どうやらジンのジャケットのようで、この温もりは彼のものであったらしい。

 ジンは剣をユーリの首元に当て、警告をする。しかし、ひるむことはあれど、ユーリは引き下がるようなことはしなかった。


「そんなことをして良いのか?もう一人のお前のお仲間が傷つくことになるぜ…?」

「そんなことはさせないさ」


 ジンがそう答えると、クリスを捕まえていた女が、なんの前触れも無く膝をついて気絶した。

 予想外の出来事に、ユーリは混乱する。ジンが何か攻撃をしたようには見えなかったが、自分の仲間が倒されたのだ。彼が混乱するのも仕方のないことである。


「お前…っ!何をしたんだ!」

「彼女の制服に前もってタネを仕掛けていただけのことだ。護身用だったんだが…まさか本当に使うことになるとはな。ミオ、クリスを頼むぞ」

「わっ、分かりましたわ!」

「なるほど…女の制服にお前の魔法を仕掛けていたと…。それで俺たちに悟られずに発動できるということか…」

「そういうことだ」

「くっ…はっはっはっ…!面白いじゃねぇか!なぁ、お前もさっさと改革派の仲間に入れてこき使ってやるよ!」


 ユーリが指を鳴らすと同時に、その指先に小さな魔法陣が展開される。それにジンは警戒するが、一向に何かが起こる気配は無さそうだった。


「あれ…?あれ…?なんでだ…?どうして眠らないんだ…?」


 ユーリは狂ったように何度も指を鳴らす。その度に魔法陣が展開されるが、やはり何事も起こりそうにない。

(この男…もしかして…‼︎)


「もしかして、お前の魔法階級は俺より高いって言うのかぁ⁉︎」

「俺の魔法階級はたったの2だが…お前の魔法が俺に通用しないのは、ただの実力不足じゃないのか?」

「そんなわけがあるか‼︎魔法階級が2しかないヤツが⁉︎この俺の魔法が効かないわけがないじゃないか‼︎さっきまで寝てたくせにどうしてなんだよ‼︎」

「…あぁ、俺が寝ていたのはただの寝不足が原因だ。それがミオの声が聞こえて目が覚めた、それだけだ」

「おいおい…おかしいだろ!…おい、お前は本当に人間なのか…⁇」

「俺が人間かどうか、試してみるか?」


 ジンは不気味な程に口角を上げ、剣を鞘に収めた。そしてすかさずユーリに向けて抜刀し、刃が彼の瞳に触れる直前に寸止めをした。


「ひぇっ…」


 ユーリは情けない声を漏らし、気を失った。それを確認したジンが再び鞘に剣を収めると、ミオが背後から抱きついて来た。

 既に自分のシャツを着ていたようだが、下着は着用していなかったようで、その分胸の感触がいくらかダイレクトにジンの背中に伝わってくる。

 彼を抱きしめる腕は小刻みに震えており、嗚咽する声も聞こえてくる。

 冷たくなったミオの手に触れ、ジンは話を始めた。


「お前さ、俺たちと初めて会ったときもそうやって泣いてたっけ。あのとき俺とエル兄は結構必死だったんだぞ、どうやってミオを笑顔にできるのかって。結局俺たちは何もできないままだったが次第にお前の笑顔が増えてきて、エル兄も安心してたんだ。だから…嬉しいときはせめて笑っていてくれ。悲しくてまた泣きそうになったときは、俺が助けてやるからさ」

「ジン様…っ、うぐっ…、お、思い出じでぐれたんでずねぇ〜‼︎私…っ、私はもうこれ以上の幸せはありまぜんわぁぁぁぁ‼︎」

「……その指輪、大切にしてくれていたんだな。それのお陰で思い出すことができたんだ」

「うっ、ぐすっ…もちろんですわ。ジン様が私にくれた大切な物ですから」

「まぁ正確には、祭りの景品でエル兄が2つくれたうちの1つをミオに渡しただけだけどな…」

「それでも…それでも私には大切な思い出の品なのです。だからこそ、サイズが合わなくなった今でもネックレスとして肌身離さず持っているのですよ」

(やっぱり、私はあのときからずっとジン様に恋をしていたのですわ…)


 ミオのネックレスのトップとして使用されていたのは、以前ジンの鞄の中から出てきたプラスチック製の小さな指輪と色違いの物であった。幼児用の物ということもあり、誰がひと目見てもおもちゃであると分かってしまうような代物ではあるが、それでもミオは大切に着用し続けてきたのだ。



『ほら、兄ちゃんが取ってやったから、これをミオちゃんにプレゼントして来い!』

『エル兄!ほんとに良いの⁉︎ありがとう!』

『あぁ!ほらほら、兄ちゃんの気が変わる前に早く渡しに行けっ』

『うん!……ねぇねぇ、ミオちゃん、こっちのピンクの指輪あげる!僕のは透明だけど、どっちもかっこいいね!』



 ミオだけではなく、ジンにとっても大切な記憶。今は亡きエルノードと過ごした小さな思い出であり、かけがえのない日々の1ページである。


「ありがとう…忘れないでいてくれて…。ありがとう…思い出させてくれて…」

「ジン様…私、ジン様に伝えたいことがあるんです…!私は——‼︎」

「おや、ここにはもうワシは用無しだったのかのぉ?」


 ミオの言葉を遮るかのようにやって来た学園長だが、その身体にはいくつかの切り傷を負っていた。しかし本人はそれに対し、あまり気にしていない様子であり、傷が痛むというようなりもしていなかった。

 そんな彼を見たミオは、咄嗟に声を上げた。


「グリフ先生!大丈夫なのですか⁉︎」

「なぁに、ちょいと悪い野良犬を躾けてただけじゃ。別になんてこと無いわい」

「なぁ、ミオ…グリフ先生っていうのは、学園長の名前なのか?」

「はい!彼はグリフ・マグリス——私の師匠です!」

「ほっほっ、編入して来たばかりだとは言え、生徒に名前を覚えられていないとは辛いものよのぉ…。ま、ワシはその子に師匠とは言われているものの、魔法を教えたのはほんの数ヶ月だけじゃ。師匠などと慕われるほど大したことはできておらん」

「あ、そこまで慕っていたり尊敬しているわけではないのでご安心くださいませ」

「お…っ、そ、そうか…。内気じゃった頃とは見違えてしまう程の物言いじゃな……。取り敢えず、そこに居る二人はワシが預かっておこう。兵士たちが引き取りに来るまで、しっかりと見張っているから安心してくれ」


 グリフは侵入者であり、今回の事件の犯人である二人の手首に触れ、魔法で拘束する。その後軽々と彼らを持ち上げ、グリフはジンたちに背を向けた。


「ジン・エストレア…お主はいつから目覚めておった?お主より魔法階級の高い者たちですらも未だに目覚めておらぬ。…もしくは最初から眠らされていなかったのかのぉ?」

「……多分、俺は眠らされてはいなかったのかもしれません。ほんの少し前に目覚めたばかりですが、それも魔法の効果が切れたものとは違うように感じました」

「そうじゃったか…。まぁ良い、あまり気にし過ぎるでない。愛が魔法にまさったというだけのことよ。というわけじゃから、老人はさっさと出て行くとするかの。他の者たちもそろそろ目覚める頃だろうが、あまり混乱させぬように頼むぞ」


 ジンに質問をし終えたグリフは、そのまま講義室を後にした。

(ジン・エストレア…約束通り、お主はワシがこの身に変えても守り抜いてやるぞ…)

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片翼のヴァーミン 寧楽ほうき。 @NaraH_yoeee

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