第35.5話 真夜中の女子会
街が静寂と闇に包まれ、ほとんどの者が深い眠りにつく。とある学生寮の一室で、真夜中の女子会が開かれているとは知らずに。
揺れるカーテンが、サラの顔に柔らかな影を落とす。
ベッドは使わずに、二人とも床に布団を敷いて隣り合っている。そのほうが喋りやすい上に、互いの距離を感じずに済むからというサラからの提案だ。
澄んだ空気が、ひんやりと彼女たちを包み込む。そんな環境の中、二人は天井のほうを眺めながら会話をしていた。
「——それでさ、ちゃんとクリスちゃんの口から聞いたことが無かったんだけど…ジンくんのことは実際どう思っているの?」
「……さぁ、どうなのかしらね」
「ちょっとー、ここまで来て誤魔化すつもりぃ?せっかくの女子会なんだから、ちょっとくらいは言ってくれても良いじゃんー」
「…違うわ、本当に分からないの。分からなくなるときがあるの。私が彼に抱くこの感情は、本物なのかどうかが。最初にバディを組もうと思ったのは、それだけの価値が彼にはあると思ったから。私の求めるもののために。…最低よね、利用しようとしていたのよ」
「……そっか。でもさ、きっかけなんてものは関係無いと思うんだ。そんなことよりも、今どう思っているのかが大切じゃない?」
「今、どう思っているのか…。それは…その…えっと……なんというか、す、好き、なんだと…思う…」
クリスは、自分の表情を隠すように、サラに背を向けて布団に深く潜る。月明かりだけが頼りのその部屋では、そもそもサラからは、彼女の表情など判断できそうになかった。
その言葉を聞いたサラは、いつものように揶揄うのではなく、今までに無いほどに優しく返してやった。
「うん、それで良いじゃん。何も迷うことなんて無いよ」
「……私、マリス先生との闘いのとき、彼を助けられなかった。むしろ、彼の足手まといになっていたはずよ。害虫である私なんかを、彼は…ジンは受け入れてくれるのかしら…」
「それは本人に聞かないと分からないけど、今までの彼の行動が、その答えなんだと思うな」
「本当にそうだったなら良いわね…。ありがとう、サラさん」
その答えを聞き、サラは『いつまでさん付けするつもりだぁ?このこの〜っ!』と言ってクリスの布団に入る。背中に新しい温もりを感じたクリスは、その異変に気づく。
「——ちょっと、何してるのよ⁉︎」
「なんか寒くてね〜。クリスちゃんの体温ちょーだい」
「全くもう…。本当に寒いのなら、窓を閉めなさいよ…。私は、暑苦しくて堪らないわよ…」
(とか言いながら、本気で追い出そうとはしないんだよねぇ。ツンデレってやつ?普段からこんなの見せてたら、ジンくんもイチコロなのになぁ)
「…ふふっ、ジンくんの代わりに私がクリスちゃんを貰っちゃおうかな〜?」
「もっ、何言ってるのよ。あなたにはアキラくんが居るでしょ」
「違うでしょ。私にはジンが居るのよ、でしょ?」
自分で言っておきながら、サラはその言葉に笑いを堪えるのに必死でいる。
優しい言葉をかけてきたと思うと、すぐに揶揄ってくる。そんな彼女の態度に腹を立てながらも、クリスは心のどこかで心地良さを感じていた。
「次言ったら、訓練場に埋めるわよっ!」
「——応援するのも、ダメ?」
「ダメ………じゃないわよ。でも、私は焦るつもりは無いわよ」
「うん、クリスちゃんのペースでやっていけば良いよ」
(どうせ、あっちもクリスちゃんのこと、しっかり意識しちゃってるんだろうしね…)
自分に背を向けたままでいるクリスに、そっと手を伸ばす。布団の中で、その手は彼女の身体に触れる。柔らかな感触がサラの手に伝わるとともに、クリスは声を漏らす。驚きとはまた別の声。
抵抗されないことから調子に乗るサラだったが、ゆっくりと振り返るクリスの表情から身の危険を察する。しかし、時すでに遅し。気がつくとサラの額の近くで、クリスは人差し指と親指で輪を作っていた。以前、ジンにされた物と同じだ。
動揺を隠せず、サラは訳の分からないことを言い出す。
「えっと〜…てへぺろ?」
放たれた人差し指が、『バウンド』によって威力を増す。それはサラの額を打ち、その勢いで彼女を布団から追い出す。
何回か転がり、気絶した彼女はその場で一夜を過ごすことになった。
「これに懲りたら、もうしないことよ!次は手加減してあげないんだからね!ふんっ!」
目を覚ますと、何故か自分は壁にくっついて寝ていた。それに、何故かやたらと額が痛む。
この二つの異変を感じながら、サラは身体を起こす。寝ぼけ眼を擦って辺りを見るが、やはり自分の布団とはほど遠い位置に居る。
(私ってこんなに寝相悪かったっけ…?というか、なんか良い匂いがする…)
匂いを辿り顔を上げると、その先にはクリスが居て、テーブルに食器を並べていた。
それを眺めていると、彼女はサラの視線に気がついた。
「おはよう…その、サ、サラ…。ご飯が冷めちゃう前に、早く支度して来なさいっ」
「……わぁっ、すごい!ちょっと待っててね!」
その素晴らしい朝食だけではなく、呼び捨てをしてくれたということに喜びを覚えたサラは、幼い子供のように目を輝かせ、口角を上げた。
そして彼女は急いで洗面所へ行き、諸々の支度をする。しかし、面倒な寝癖はそのままだ。
あっという間にクリスのもとまで戻って来たサラは、配膳された料理の前に座り手を合わせる。目の前には、トーストとサラダに目玉焼き、そしてこんがりと焼かれたベーコンが綺麗に盛られている。シンプルではあるが、よだれが止まらない。
『いただきます』という声とともに、彼女は箸を取る。
「おいしいっ!…あれ、でも私こんなの冷蔵庫に入れてたっけ?」
「早くに目が覚めちゃったから、購買まで買いに行ったのよ。案外品揃えが良いわよ」
「ほぇ〜、てことはジンくんは、いっつもこんな美味しいご飯食べてるの?こんなの完璧に胃袋掴まれちゃうよ」
「ふふっ、あなたは、いっつも大袈裟過ぎるわよ」
クスクスと笑うが、サラは決してお世辞を言っているわけでは無かった。彼女は幸せそうに、それらを頬張ってゆく。
食べ終わる頃には完全に目が覚めて、一日活動する準備が出来た。しかし、サラにはまだ一つやり残したことがある。クリスは、見逃すことなくそれを指摘する。
「寝癖、そろそろ直しなさい。授業まではまだ、もう少し時間はあるんだから」
「ほんとだ、忘れてた…えへへ」
「その間に私はこれを片付けてるから、焦らなくていいわよ」
「うんっ、ありがとっ」
・ ・ ・ ・
二人で一緒に部屋から出ようとすると、サラを迎えに来たアキラは、驚かずにはいられなかった。半分程度開けた扉から、彼の間抜けな面が見える。
「…んん?どうしてお前ら二人が居るんだ?」
「クリスちゃんとお泊まりしてたんだ〜。しかもね、豪華朝食付きだよ!」
「なるほどね…。そのせいで……」
「どうしたの?」
「——昨日の晩に、なんとなくジンの部屋に行ったんだよ。そしたらちょうど飯を作っててよ…それ、どうだったと思う?涙無しには食えねぇくらいに不味くてよぉ!俺は、それの処理を手伝わされる羽目になったんだ……クソ、思い出しただけで涙が止まらねぇぜ…」
「下手くそで悪かったな…」
そうやって昨晩の悲しい出来事を語っていると、隣からもう一人の声が聴こえてくる。
それを聞いたクリスは、衝動的にドアノブに手を伸ばして、全開にした。アキラの付き添いでやって来たであろう、ジンの姿がそこにある。
「おはよう、クリス。…なんというか、俺には料理は、まだまだみたいだ…」
「——当たり前でしょ。あなたには、教えることがいっぱい残っているもの。……おはよう、料理が下手くそなジンくん」
自分たちに見せるものとは、また違う笑顔を浮かべるクリスに、サラは思う。
(こんな分かりやすいのになぁ…。相手が鈍感だと大変よねぇ…)
見守るべきか、何か行動を起こすべきか。正解は分からないが、今はそれよりも大切なことが一つあった。
「…ほら、授業に遅れちゃうから早く行くよ。四人揃って遅刻なんて、絶対に反省文じゃ済まないよ!」
彼女のそのひとことで、四人はいつもの講義室へと向かった。急かしはしたが、時間に余裕があることは分かっていたので、のんびりと進む。学生寮を出て、校舎に入る。
目的地へ到着すると、既に自分たち以外の生徒は席に着いていた。それだけではなく、リリーの姿もある。
彼女は四人に気づき、声を掛ける。
「早くしろ。もう少しで授業が始まる」
「あっちゃ〜、ゆっくり来すぎたみたいだね」
舌を出すサラに先導されて空いている席へ向かおうとするが、リリーがそれを止める。
「二組に別れろ。そうしないと無駄話をするだろう?一人ずつバラバラにされないだけ、ありがたいと思え」
「はぁい…」
こうして、サラとアキラは校庭の見える窓際の席へ。クリスとジンは廊下側の席へと着いた。それを確認し、リリーは咳払いをする。
「——ごほんっ、そろそろ試験がある。言い忘れていたが、成績の低い者はバディ戦への参加は許されない。成績は実技や筆記の試験、そして日頃の授業態度にて決まる。一部、諸事情で授業を受けられていない生徒に関しては、こちらで考慮するが、今後はより一層気を引き締めるように!」
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