第34話 悲哀の創造主
「おいっ!きみは何をしているんだ!そこは危険だから、早くこっちに来なさい!ご両親はどこに居るんだ!」
一人の兵士の声がその仄暗い空洞に響き渡る。その周囲には数人の兵士が居て、全員頭部以外は鉄や革などで守られている。
ここに居る者たちは、新しく出現した魔窟の調査をしに来ているようだ。新しい物である為、その他にも大勢の冒険者が潜り込んでいる。
そんな彼らの前に現れたのは、黒い髪を肩まで伸ばした少女であった。腰には一本のダガーがあるが、防具などは一切装備していない。何処からどう見ても、熟練の兵士や冒険者だとは思えない様子だ。
彼女の姿を見た者たちは、ショートパンツにタンクトップというその軽装さに驚いている。
しかし、彼女は不思議そうな表情で兵士たちを見る。
「…ん〜、危ないのはボクじゃなくてお兄さんたちだと思うんだぁ。だってさ、ボクより強い人は、ここには居ないもん」
「何を言っているんだい?俺たちは、きみを心配しているんだ。それに、ご両親も心配しているはずだよ。早くここを出なさい。良いね?」
「ボクの心配より、まずは自分たちの心配をするべきだよ?それに……ボクに両親は居ない」
近寄って来た兵士の腹をひと突き。彼女のダガーは、鉄の防具すらも容易に貫いた。
口から溢れ出そうになる血液をなんとか堪えるが、その者は意識が薄れゆくのを感じる。
「な…っ、何故だ…」
無慈悲に引き抜かれたダガーと、大地が男の血液で赤く染められる。男が倒れたのを見て、残りの兵士たちが騒ぎだす。
「ど、ど、どういうつもりだ⁉︎落ち着くんだ!きみは、知らない土地に来て混乱しているだけなのかもしれない!俺たちはきみの味方だ!恐ろしい魔獣から人々を守る為に、俺たちは居るんだ!」
「——そう、だからお兄さんたちは、ボクの敵なんだよ。ボクは創造主アネモニー様と、この世界の為に在る…。きみたちは、力を持ち過ぎたんだよ…」
瞬きをする間に、突然少女が自分の目の前に現れるが、気がつけば兵士は大地を眺めていた。痛みを感じる時間も与えられず、彼は死に至っていた。
その光景に恐怖を覚えた兵士たちは、慌てて逃げ出そうとするが、次々と倒されてゆく。
「やめてくれ…やめてくれ…っ!嫌だぁぁぁぁぁ‼︎」
「…その悲しみを創り出したのは、アネモニー様だ。きみたちは与えられてばかりで、羨ましいよ…。ボクを憎むかい?ま、それも与えられた物なんだけどね。………ありゃ、一人逃しちゃったか。はぁ、世界の
血を振り払ったダガーの紫の輝きが、死体を照らす。
・ ・ ・ ・
脱出に成功した兵士の話が、早速リリーのもとにまで届いていた。
「——学園長、先日出現した魔窟内で、少女が複数の兵士を殺害したとの報告がありました。今後生徒たちを魔窟調査に繰り出すのは危険かと思われます。どうされますか?」
「…うぬ、しばらくは控えたほうが良いかもしれんな。その少女というのは、保護しておるのか?」
「いえ、逃げ出すのことに精一杯だったようで…。そして、少女は『創造主アネモニー』という言葉を口にしていたようですが…学園長は、そのような宗派をご存じでしょうか?」
「創造主アネモニー…。ふむ、それは『悲哀の創造主』と言われておる者じゃな。もしかすると、神話を真似て事件を起こそうとしている愉快犯か…それとも、我々の知識が浅いだけなのか。……人類は少し、自分たちの都合の良いように解釈し過ぎているのかもしれんな…」
学園長は、不安を表すかのように何度も自分の髭を触った。
リリーは、彼の言葉が全く理解できずにいた。それ故に、彼女も心から不安が溢れ出す。
(『悲哀の創造主』とその少女には、いったいどんな関係が…?)
様々なことを考えるが、必要な知識が乏しい為に、彼女が答えに近づくことは一切無かった。
「…この話は、生徒たちにしておいたほうが良いのでしょうか?」
「今はまだやめておけ。曖昧な情報で、生徒たちを不安に晒すのは良くない。しばらくは、こちらで控えておくべきじゃよ」
「確かにその通りですね。…それでは、私はこれで失礼します」
一礼してリリーは部屋を出る。扉が閉まる音とともに、学園長は深くため息をついて視線を落とす。
(奇跡など、この世には存在しないということか…)
背後から浴びる陽の光を鬱陶しく感じ、カーテンを半分ほど閉じる。
「……そろそろ春も終わりか。通りで少し暑く感じるはずじゃ」
ジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれに掛けてからもう一度席に着く。
引き出しを開け、彼が手に取ったのは一つの写真立てだった。中には学園らしき建物を背景に、若い男二人が、真ん中に立って照れ臭そうに肩を組んでいる写真が入っている。
その両隣には、同じく若い女ともう一人の男が立っているが、女のほうの顔は、写真を掴む学園長の親指で隠されている。
それを眺めていると、わずかに反射する自分の髭面が目に入る。
「…時の流れとは残酷なものだな。これも、ヤツなら『生きている証』と言うのかのぉ…」
虚しく響く彼の独り言に反応する者は、もちろん誰一人として居なかった。
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