第33話 勝利の後はベッドで……

 二人は何度も木刀を交える。その度に響く音を聴き、クリスを連れてサラがやって来た。

 彼女らは、客席からその光景を見下ろす。止めに来たはずが、彼らの真剣で楽しそうな表情を見て、そんな気は怒らなかった。

 どちらが優勢というわけではないが、ハンデを背負っている状態のジンのほうが、アキラよりもいくらか疲労しているようだ。

 

「利き手が使えないのに、アキラと互角だなんて、ジンくんはやっぱり凄いなぁ〜」

「本当、彼には驚かされてばかりね…」


 自分のバディであるジンの姿を見て、クリスは頬を緩ませる。しかし、隣にアキラのバディであるサラが居る為か、ジンのことをやたらと応援するのはやめておいた。

 言葉に出さずとも、心では彼の応援をし続けている。そんなクリスに、サラが言う。

 その表情は、クリスを揶揄うときのもので、彼女は身構える。


「あんなカッコいいところ見せられたら、余計に惚れちゃうよねぇ?」

「べっ…つに…私のバディなんだから、あれくらいはしてくれないと困る…わよ」

「ふぅん…じゃあさ、カッコいいとは思わないの?」

「それは…その…。まぁ…悪くはない…と、思うけれども…」

「んもぉ〜可愛いなぁ、クリスちゃんは!…ほら、私に遠慮なんかしてないで応援したらいいんだよ?ね?」


 揶揄いたいだけなのか、それともそれ以外の何かが隠されているのか。クリスには、その言葉の真意は分からなかったが、決意する。

 大きく空気を吸い込む。今までに無いほどに吸い込む。そして、戸惑いながらも彼女はそれを一気に放出させた。


「ジン!頑張って‼︎私はあなたを信じているから!だから、絶対に勝ちなさい‼︎」


 響き渡る声は、しっかりとジンとアキラの耳にまで届いた。彼女の言葉に、アキラは笑いを堪えるので精一杯だった。


「ぷっ…くくっ…お前はほんと愛されてるな。あのとき駄目元で、バディを組むように言ってみて正解だったよ」

「何か企んでいたのか?」

「いや、ただ単に面白そうだって思っただけだ。気づけば模擬戦もしてるし…お前は見てて飽きねぇよ。俺は良い親友を持ったぜ」

「…同感だ」


 二人は再び走り出す。あと三メートルほどの距離となったところで、ジンは『バウンド』を使い加速する。


「アキラ、俺のとっておきを受け取ってくれ!」


 彼から振り下される木刀を防ごうとするが、アキラは自身の身体に違和感を覚える。

(なんか身体がいつもよりも重たい…っ⁉︎)

 彼は中途半端な姿勢でそれを受け止めてしまい、握っていた木刀を弾き飛ばされてしまった。

 喉元にきっさきを向けられ、アキラはゆっくり両手を上げる。

(片手のジンに負けるって…不甲斐ねぇな)


「…俺の負けだ。俺じゃあお前の練習相手には、なれそうにねぇよ」

「良い試合だったよ。いつかは俺の良いライバルになりそうだ」

「ちなみに身体が一瞬重くなったように感じたんだが、あれはジンの仕業か?」

「そうだな。ただ、正確には身体ではなく、お前の周囲にある空気に魔素を混ぜて少し重くしたんだ」

「ははっ…。相変わらずすげぇことしやがるぜ…。次は負けねぇからな」

「ああ、期待してるぞ」


 ジンは木刀を下ろす。そして、客席にいるクリスのほうへ顔を向けた。

(本当に大袈裟なヤツだな…)

 目を輝かせながら、彼女はジンを見つめる。そして、彼が自分のほうを向いているのに気づくと、胸の横で小さくブイサインをして笑みを見せた。

 隣のサラは、そのやりとりに『やれやれ』といったような表情を浮かべる。


「おアツいねぇ…。どれ、私はアキラでも慰めに行こうかな。——アキラー!勝ち目もないのによく諦めずに頑張ったね〜!」

「はぁ⁉︎お前もちょっとくらいは応援してくれても良かったんじゃねぇか⁉︎」

「はいはい、頑張れ頑張れ〜」

「今更遅いわ‼︎もう負けてるわ‼︎」

「え〜、わざわざ応援してあげたのに〜。……ま、次はもっと頑張れ。期待してるからね」

「…お、おぉ」


 アキラの背中を叩いてそう言う彼女が眩しく思えるのは、陽の光のせいだろうか。

 その後サラは、『またね〜』と言ってアキラを連れてどこかへ行ってしまった。その際に、彼の腕を掴んだままでいたのは無意識なのだろうか。親しい二人の距離が垣間見える光景だった。

(人のこと言えないだろ…あの二人は…)

 彼らの後ろ姿を見守るジンの所へ、クリスがやって来る。


「ね、私たちも戻ろっか」

「そうだな。……と、その前に医療室に行っても良いか?」


 二人は医療室へ向かい、あまり音を立てないように扉を開ける。

 キィと軋む音を立てながら、椅子を回転させる者が中に一人。見慣れた白衣が視界に入る。

 

「ハル……ト…ではないのか」

「ごめんね〜、ハルくんなら今は居ないんだぁ。というかね、ここ最近見かけないの。部屋に行っても居ないし…どこ行っちゃったんだろね?ま、お腹が空いたら戻って来るかな〜?と、いうわけで、しばらくは医療科二年のこの私、マリネ・ルーリーが診させていただくよ!」


 ハルトとは真逆な、元気いっぱいな女子、マリネ・ルーリーと名乗る者がそこには居た。

 小柄な体型とは裏腹に、白衣の上からでも分かるほどの胸に、クリスは目を丸くする。

 マリネは二人を見て何かを察する。


「え〜、え〜、え〜っと…そこのベッド…カーテンもあって外から見えないし…声はちょっと漏れるかもだけどなんなら私席外すから…使う?……って、なわけないか〜!」


 唐突なその発言に、二人は頬を赤らめて何も返せずにいる。

 そんな様子を見て、マリネは全身から血の気が去ってゆくのを感じる。冷や汗を垂らしながら、もう一度問う。


「…もしかして、本当に使いに来たの…?」

「来てません‼︎」


 クリスの圧に負け、マリネは『は、はい…しゅみません…』と頼りない声を漏らしながら椅子に座る。


「……えっと、もしかしてそっちの男の子の腕のこと、ですか?」

「俺の腕…分かるのか?」

「身体の悪いところは、その人を見れば簡単に分かるんだけど…私にはどうしようもないかな…ごめんね」

「そうか、それならもう少し様子を見てみるよ」

「ごめんねぇ…」


 二人が部屋を出ると同時に、マリネは先程までの元気を取り戻す。


「あっ、避妊具はちゃんと使ってね〜‼︎」


 ジンは、咄嗟に音を遮断しようとするが間に合わず、隣のクリスが全身を真っ赤にさせているのを確認すると、思わずため息を漏らした。


「まだ妊娠は早いからね〜!」


 という声が未だに二人の耳に届いてくる。

 より一層気まずくなる二人だが、それぞれ話を逸らそうと『今日もいい天気よね〜』「ソウダナー」などと無理に会話を生み出していた。

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