第29話 理想の関係

 空席を見つけた四人は、それぞれ好みの物を選びに行く。そして全員が揃った頃、手を合わせてからそれぞれフォークや箸などを手に取る。

 ジンは右手が上手く使えないせいで、手を震わせながらフォークを持ち上げた。もう片方の手に持つナイフは難なく使いこなせるのだが、どうしても片方を欠いては、ステーキを切ることすらできなかった。

(他の物にするべきだったな…)

 手を止める彼に、隣からクリスが言う。


「もう…貸しなさい、私が切るわよ。そんな状態なんだから、少しはバディの私に頼りなさいよ…」

「あ、あぁ、すまない。助かるよ」


 ジンのステーキを、食べやすいようにカットする彼女の姿を見て、サラが感心する。


「…なんだか夫婦みたいだね〜。二人が付き合ってないってことのほうが私には驚きだよ」

「なっ…にゃに言ってるのよ!私たちは、今はただのバディよ‼︎」

「こんな可愛いお嫁さんなんて羨ましいねっ、ジンくん!」

「ちょっとサラさん、私の話聞いてる⁉︎」

「聞いてるよ〜んっ」


 『絶対聞いていなかったでしょう⁉︎』と返すクリスと楽しそうに話すサラを見るアキラの目は、我が子を見守る母親のような、温かいものであった。その彼の姿を見て、ジンが問う。


「どうしたんだ?」

「サラはな、昔から他人の感情に敏感だったんだよ。好きとか嫌いとか…あとは憎いとか。そのせいで、俺以外とはあまり関わらなくなったんだが、久しぶりにこんな楽しそうなとこ見たぜ」

「そうだったのか…」

「特異体質なんじゃないか、みたいなことも言われたことがあったらしくてな。だから、お前たちにはどれだけ感謝してもしきれねぇよ」

「特異体質…と言うのは?」

「俺もよくは知らねぇんだが、予知夢を見たり、動物の言葉が分かったり、あとは生き物の気配に敏感だったりといろいろあるらしいぜ」

「ね、二人ともそんな神妙な顔してどうしたの?大切な話だった?」


 興味深い話であったが、それを遮るようにサラが口を開けた。つい先までクリスを揶揄っていたようだが、どうやらそれはクリスのほうが諦めたことで終了していた。

 彼女は、赤くした頬を膨らませながら、そっぽを向いている。

 その彼女に追い打ちをかけるかのように、アキラが言う。


「別に、ただ、ジンたちの結婚式の日程を考えてただけだよ」

「えっ⁉︎やっぱり二人は、そういう関係だったの⁉︎」


 アキラの言葉に驚きを隠せず、クリスも『んぇっ⁉︎』と間の抜けた声を漏らし、『私たちってそうだったの…?でも、あの小説みたいなことは、今まで一回も無かったし…』とぶつぶつ言いながら、両手で頬を押さえた。


「はぁ…クリス、それはアキラの冗談だ。相手にする必要は無いさ」

「そっ…か、冗談…冗談だったのね…」


 ホッとしたような、それとも少し別の感情が生まれたような。そんな二つの感情を同時に抱いた彼女に、サラが言う。


「残念だった?」

「……っ‼︎もうっ、あんまり揶揄わないでちょうだい!次言ったら『アロー』千発打ち込むわよ!」

「ひぇ〜、それは嫌だなぁ〜」


 あまり本気にしていないような、軽くあしらうような口調で返すサラに、クリスは呆れる。

(全く…!サラったら、本当に分かってるのかしらっ。……でも、この二人を見ていると、ちょっと憧れちゃうわよね…)

 屈託のない笑みで笑い合うサラとアキラの姿に、自分たちを重ね想像する。こんな空想が実現するとしたら、二人はどんなことで笑い、どんなことで涙を流すのだろうか。

 永遠に重なり合うことのない現実と妄想の狭間はざまで、彼女は心を躍らせた。


「ジン、『あの星はきみに輝く』のよ」

「…どういうことだ?」

「ふふっ、これからはもっと読書に励みなさい」

(女子たちの間で何か流行ってる言葉なのか…?)


 ジンは首を傾げながら、左手で持ったフォークを使ってステーキを頬張る。

(あの本を読ませるのは、もう少しは後にしようかしらね)

 くすりと笑うクリスの心中を察した者は、一人として居なかった。


 ・ ・ ・ ・


「…お前さん、やけに最近裁縫に凝ってるじゃねぇか。苦手じゃなかったのか?」


 孤児院の窓際の席で一人、日差しを浴びながら布に針を通すユイスにローレンが声を掛ける。その針を持つ指には、いくつかの絆創膏が貼られてあり、お世辞にも裁縫が上手だとは言えるほどでは無い様子であった。

 ユイスは、その作業を続けたまま返事をする。


「まぁねぇ、あの子が帰ったときに何かプレゼントしたいじゃない?」

「帰ってくるつったって、冬ぐらいになるんじゃねぇか?何を渡すつもりだぁ?」

「そうね…最終的には編み物も覚えないとね。ジンったら酷く寒がりだったでしょう?だから、マフラーを作ってあげないとね」

「ほう、そりゃあ良いじゃねぇか。…それじゃ、俺も何か考えるとするか」


 ローレンは頭を掻きながら、いったい何を渡そうかと考え出す。

(イマドキの若い男は何を渡したら喜ぶんだぁ…?う〜む……)

 しかし、そんな彼にユイスがひとこと。


「あなたって、誰かにプレゼントしたことはあるの?」

「…ねぇが?」

「はぁ…ジンも可哀想ね…。ま、どんな最悪な物でも、気持ちだけはちゃんと込めなさい。そうすればきっと、あの子も喜んでくれるわよ」


 波打った布から顔を出した針の先が、ユイスの指に刺さる。そこから流れる血が、小さな球のようになってその場に留まる。


「いたっ…。…まだまだ練習が必要そうね。よしっ、愛する我が子の為、ユイス頑張っちゃうぞ〜!」

「相変わらずの親バカだなぁ…」


 そんな親バカと言えるような彼女の姿を見て、ローレンは呆れて小さなため息をつく。

(…俺も、人のことは言えねぇがな)

 彼の頭の中は、いつか帰って来るであろうジンへの贈り物のことでいっぱいだった。

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