第28話 驚きの事実

 いつも以上に眉をひそめたリリーが中に入り、緊迫した空気が講義室内に流れる。昨日のマリスの授業によって傷ついた部屋の修復は完璧には行われておらず、所々にひび割れや焦げなどの戦闘の跡が見られる。

 リリーが教卓の前に立つと、生徒全員の視線がそちらへと向けられた。


「——昨日の授業についてだが、マリス先生はしばらくの間停職処分となった。私の代理として働いてくれていた彼女だが、きみたちには多大な迷惑を掛けてしまった。申し訳ない…これは私の責任でもある。もちろん不満を持つ者も多いだろうが、今後とも宜しく頼む…っ!」


 彼女が頭を下げ、その場に静寂が訪れる。しかし、そんな雰囲気を壊すかのように、生徒たちが笑い始めた。


「別にリリー先生が悪いわけじゃないって〜」

「確かにびっくりしたけど、傷も治してくれてたもんね〜」

「むしろ楽しかったし!」


 リリーは、彼女らの言葉を聞いて胸を撫で下ろす。

(良かった…余計な恐怖心は、植え付けられていないようだ)


「しかし、昨日の戦闘での傷が癒えていない者もいる。今日の授業は実技を予定していたのだが、座学に変更だ。教科書は必要無いが、板書はしっかりとするように」


 実技から座学に変更と聞き、どこからともなく『やったー!』という声が上げられるが、リリーも今日だけは許してやろう、と叱ることはしなかった。


「…以前、魔法は空気中の魔素に干渉して発動させると言ったが、それには自己の体内にある魔力を放出し、混ぜ込む必要がある。それ故に、体内に蓄積された魔力を全て使い切ってしまうと、魔法が使用出来なくなる。魔心核に頼らずとも、体内にはある程度の魔力が蓄積されるのだが、それだけでは魔獣と闘うには不十分だ。ここで質問だが、魔力を使い切った者に譲渡する方法は知っているか?…魔心核に近い胸か背中の中心部に手を当て、力を流し込むことで、いくらか相手に魔力を譲渡出来る。しかし、大昔に、魔心核を摘出した人間に対し、同じ実験が行われた際、その方法は不可能だったようだ。きみたちには関係無いのだろうが、この場合は粘膜の接触により体内へ直接的に魔力を送る必要があるのではないかという仮説もあり———」


 全員が真剣に黒板を見詰め、リリーの書いたことを必死にメモを取る中、一人だけペンをまともに握ることすらままならない者が居た。


「ジン、あなた先から変よ?どうかしたの?」


 ジンは机の上に転がしたペンを震える手で拾い上げ、なんとか持ち直そうとする。


「…何故か右手だけが上手く動かなくてな…。クリス、悪いがまた後でノートを見せてもらえないか?」

「それは良いのだけど…昨日のことで何かあったのなら、早く医療室で診てもらいなさい」

「朝から行ってみたんだが、珍しく誰も居なくてな…。気が向いたときにもう一度行くよ」

「そうすると良いわ」


 ジンは、昨日のマリスとの戦闘を思い出す。その最中に放たれた『きみはこの世界の味方であっても、私たち人間の味方ではないんだよ』という言葉が、心に引っ掛かる。

(あれはいったいどういう意味だったんだ…?俺が人類を滅ぼす?……この世界の裏で何が起こっているんだ?なんて、考えすぎか…?)

 ノートに視線を落としたまま考え込む彼を横目に、クリスはペンを動かし続けていた。



「いやぁ〜代わりの先生が居ないと、その分の授業が減るから楽ができて良いな!」


 ちょうど昼になり、食堂に向かう道中、頭の後ろで手を組んで歩くアキラがそう言う。

 その隣にはいつも通りサラが立ち、後ろにはジンとクリスが肩を並べて歩いている。


「アキラって、昔から勉強は嫌いだったもんね〜」

「でも成績は、サラと大して変わんねぇけどなっ」

「むっかつく…!いつか絶対でっかい差つけてあげるもんっ!」


 二人のやり取りを後ろから見ていたクリスだが、一つだけ疑問が浮かぶ。


「そういえばあなたたちって、実際どれくらいの付き合いなの?」

「付き合い?…んーっとね、付き合ってからは五年くらいかなぁ?」

「へっ…⁉︎二人はそういう関係だったのね⁉︎」

「ん、知ってたから聞いたんじゃないの?」

「出会ってからどれくらいなのかを聞いたのだけれども……ジンは知っていたの?」

「いや、俺も知らなかったな。アキラが何も言わなかったからな」

「そう言われてもなぁ…俺も聞かれなかったから言わなかっただけで…」

「そういうものなのか…?」

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