第27話 特別授業

「お前は何者だ。なんの為にここに来た!」

「それはこっちのセリフだよ〜?ジン・エストレアくん、きみは何者で、どうしてここに来たの?魔獣を倒す為?それとも……私たち人間を滅ぼす為?」

「俺は強くなる為にここに来た!もう二度と大切なものを失くさなくていいように!」

「ふぅ〜ん、かっこいぃ〜!…けど、そんなのってすぐに壊れちゃうんだよね」


 ジンの視界から姿を消した彼女が次に現れたのは、彼の背後だった。

 彼女の斬撃を間一髪で躱し、剣を振るが、それが届く前に腹に蹴りを入れられ、彼は吹き飛んだ。異常な速さで繰り広げられた闘いに、クリスは一切手出しできなかった。


「ジン!しっかりしなさい!」

「…っ、あいつは危険だ…俺がなんとかしないと…っ」


 腹を押さえながら、彼は声を振り絞る。

 クリスが覚えたての治癒魔法を使うが、打撃による痛みへの効果は見られないようだ。

 それでも諦めずにいる彼女の手を退け、ジンは立ち上がる。


「クリス…俺はいいからお前は早く逃げろ…。俺なら大丈夫だ…っ」

「バディを見捨てて逃げるなんて、それこそヴァーキン家の恥よ。そんなことしないわ」

「へぇ〜、きみがあのアンドリュー・ヴァーキンの娘さんだったのかぁ〜。己の身を挺してまで人々を守ろうとするなんて、良いお父さんを持ったねぇ〜。…でもさ、どうしてそんなきみがジン・エストレアを庇うのかな?」

「彼は私のバディよ!理由はそれだけで充分よ!」


 抜刀したクリスは、マリスとの距離を詰め、鍔迫り合いを始めた。刃が十字に重なるが、力はマリスのほうが格上だった。

(ここでは下手に魔法を使えない…。校舎が崩れたら下に居る皆んなが怪我をしてしまう…)

 そんな中、マリスの背後に突如ジンが現れ、剣を振る。


「……隠し武器のひとつやふたつは、持っているべきだよぉ?」

「こいつ…っ‼︎」


 マリスの左手には短剣が握られており、高い金属音を立てて、ジンの斬撃を受け止めた。

 彼女は涼しげな表情で、二人の剣を押さえている。


「クリスちゃんは後方への注意が足りないから、マイナス十点!合計マイナス百十点で〜す!」

「避けろ、クリス!」

「いったいなんのことかし…ら…っ⁉︎」


 土人形が、背後からクリスの無防備な脇腹に蹴りを入れる。それによって数メートルほど吹き飛ばされた彼女は、まともに呼吸をできるような状態ではなかった。口から吐かれた鮮血が、地を汚す。

 同時に二人の相手をする必要が無くなったマリスは、ジンから距離を取り、短剣をクリスのほうへ投げた。それは見事に彼女の右脚に刺さり、うめき声を発させる。

 その様子を見たジンの剣が、更に黒いオーラを発生させた。 


「お前!何が目的だ!」

「…ジンくん、私が憎いかい?憎いだろう?その憎悪を、もっっっっと先生に見せて欲しいなぁ?♡」

「誰が…っ、お前の、言う通りなんかに…っ‼︎」


 剣を持つ彼の右手から、皮膚が変色していく。正確には、侵食されていると言うべきだろうか。黒に近い紫のようなオーラが、次々と彼の身体へと入っていく。

 それが腕、肩、首、頬へと広がるのを見て、マリスが笑い声を上げた。


「やっぱりそうなんじゃないか!きみはぁ、私たち人類の天敵なんだよぉ〜?」


 言葉を返すことなく、ジンはマリスに斬りかかる。その速度は異常なもので、彼女は躱しきれずに胸元に傷を負ってしまった。

 破れた服の奥に覗く白い肌を、血が赤く染める。しかし、止血は治癒魔法の基本であり、彼女は即座にその傷を癒した。

(あと少し反応が遅れてたら危なかった…。やっぱり、彼は私がここで始末しないとだね)

 マリスが指を鳴らすと同時にジンの足元に三つの魔法陣が展開され、火の弾が飛び出す。これらは上空に向けて放たれている為、校舎を崩壊させる心配は無い。

 ジンは、それを避ける為に高く跳躍する。その高度は、彼が『バウンド』を使用したときよりもはるかに高いものであった。

 そのまま剣を構えてマリスの頭上へと落下するが、彼女はそれを剣の平地ひらじで受け止める。


「う〜ん、今はまだ私たちの脅威になるほどじゃないけど…きみは危ないから殺しちゃうね!」


 弾き飛ばしたジンが着地する場所に、予め魔法陣を展開させる。しかし、彼はそこに剣を刺し、無効化した。

 その予想外な能力に驚き、マリスはため息をつく。


「ほんっとに厄介だね…きみたちの力は…。でも、きみの敵は私一人ではないよね?」


 彼女が指差したのは、土人形が気絶するクリスを刃で貫こうとしている光景。

 自我を失くしたジンは、それを見て困惑し、頭を抱えて奇声を上げた。

(クリス!…クリス!クリス!クリス…っ!)

 その振り下ろされた刃が彼女の身体に届く直前、ジンがその場に現れ、土人形を二つに斬った。彼の剣により魔法が無効化され、それはたちまち元の土へと姿を変える。

 それを確認した彼は、クリスの脚に刺さる短剣を抜き、すかさず治癒魔法で止血をする。

 ジンの身体を侵食していた『黒い何か』も少しずつ消えてゆく。


「すまないな、クリス。今こいつを始末するから、もう少しだけ待っていてくれ」

「……ど、どうして元に戻れてるの?まだ不完全なきみがその力を使いこなせるわけがないのに!」

「何を言ってるのか分からないが、お前は絶対に許さないぞ」

「今の状態のきみが、この私に勝てると思うのかなぁ?」


 ジンは自分の出せる最速で、マリスとの距離を詰める。懐に入り、剣を振り上げるが、受け止められてしまい、鍔迫り合いが始まった。

 互いに相手の足元から魔法を放つ。マリスの足元からは魔力の矢が、ジンの足元からは火の弾が飛び出すが、二人はその場から離れて距離を取ることで躱した。

 その際に、マリスがジンの顔を目掛けて短剣を投げるが、彼は難なくそれを弾いた。


「マリスちゃんの特別授業1、見知らぬ危険物には、無闇に触れないようにしましょ〜う!」


 地面に刺さった短剣が起爆し、ジンを巻き込む。その範囲にだけ穴が開き、下の階が露わになった。そこは運良く廊下だったらしく、瓦礫による被害は最小限に収まった。

 身体中が痛むのを堪え、なんとか立ち上がろうとするジンに、マリスが一歩、また一歩、と歩み寄る。

(あの剣にさえ手が届けば…!)


「こうやって見たら、ただの人間なんだけどなぁ…。きみはこの世界の味方であっても、私たち人間の味方ではないんだよ」

「……っ、は、離せ…っ!」

「嫌だよぉ〜、だってまた暴れられたら困るもんっ」


 首を掴まれ、持ち上げられたジンの意識は段々と遠退いていき、やがて抵抗する術を失った。

(俺は…ここで終わる…のか…?)

 身体中から力が抜けていく。その代わりに込み上げてくるのは、悲しみと悔しさだった。


「へぇ、涙も流せるんだ。その感情も、きみの力の源なのかな?まずはこの目、潰していい?」


 そっと手を伸ばし、ジンのまぶたにマリスの指先が触れる。今までに感じたことのないほどの恐怖がジンを襲ったとき、聞き慣れた二人の声が彼の耳に届いた。


「おい、ジン!大丈夫か⁉︎」

「ジンくん、どうしたの⁉︎今助けてあげるから、諦めないで!」

「サラが嫌な予感がするって言うから来てみたら…。——マリス先生!パンツを見られたくらいでここまでするってやり過ぎじゃねぇのか⁉︎」


 アキラの発言に一同がきょとんとするが、しばらくしてマリスは大笑いし始め、ジンの首を掴んでいた手を離した。


「ふふ…っ!あひゃひゃひゃひゃ!ごめんねぇ〜、確かにパンツ見られたくらいでここまでしちゃうなんて、私大人げなかったよねぇ〜」

「分かってくれるんなら良いが…」

「よしっ、今日の授業はお終い!まだ寝てる子たちも居るだろうけど、起きたら伝えといてね!まったね〜!」


 溢れ出しそうになる笑いを必死に堪え、笑い涙を拭いながら、彼女はその場を後にした。

 残されたアキラとサラは、地面に倒れる二人を背負い上げる。

 授業の範疇はんちゅうを超えた傷跡に、穴の空いた地面。それらが二人に、とある疑問を抱かせる。


「ねぇ、アキラ…本当にその、ぱ…パンツを見られただけで、ここまですると思う…?」

「そんなの有り得ねぇよ。ただ、今はそんなことよりこいつらの回復だ。早く医療室に連れて行くぞ」

「うん、そうだね」

(さっきの嫌な感覚…それを辿ってここまで来たけど…ジンくんの剣、それはいったいなんなの…?)

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