第26話 無慈悲な人形使い

「やっほ〜、おっはよ〜う!」


 上機嫌で講義室へ入って来たのは、白衣を着た小柄な女性だ。歩くたびに大きなアホ毛が揺れている。そして何故か、語尾に☆が付いていても気にならないような口調だった。

 ジンはそんな彼女を見るのは初めてだったが、他の者たちはそうではないようで——。


「クリス、あの人は…?」

「彼女はマリス・メイリー。二組ある衛兵科を持つリリー先生の補佐のようなものよ。今年からここに来たらしいのだけれど、彼女の実力は本物よ」

「そうなのか…」

(あまりそうには見えないがな…)


 疑いの目をマリスに向けた途端、彼女は突然ジンの視界の中から消え去った。かと思った刹那、彼の使う机の上に現れ、不敵な笑みを浮かべている。

 突然の出来事に反応しきれずにいた彼に、マリスは左手を出す。


「きみが編入生のジン・エストレアくんかなぁ?初めましてだよねっ、よっろしく〜!」

「よ、宜しくお願いします…。あと、そこに立っているとその、スカートの中が…」

「……んなっ!もっとそういうことは早くに言うべきだよぉ〜、んも〜、楽しんでたなぁ?」


 握手を交わしていた手を解き、瞬く間に彼女は教卓の前へと戻った。ジンは、この二度の移動で、マリス・メイリーの実力の一部を垣間見た。

 そんな実力者の彼女と交わした左手をじっと眺める。それは意図的に行われたものか、それとも無意識だったのか。


「ジンが破廉恥ハレンチな発言をするから、警戒されているのかもしれないわね」

「そういうことなのか…?」

(先生のほうが先に手を出したはずだが…)


 マリスが二回手を叩き、全員彼女に注目する。それを確認し、黒板を手の平で強く叩く。そこには、『突然の来訪者に備えよ‼︎』と書かれてある。

 『なんのことだ…?』『何するつもりなんだろ…』などという、不安を孕んだ声が上げられる。


「皆んな、私の得意な魔法を知ってるよねぇ?だから、今日はそんなきみたちに特別授業をしちゃうぞ〜!」


 彼女が満面の笑みで人差し指を立てると、床に大量の魔法陣が発生する。

 そこから土のような物が次々と形を成していき、それは最終的には人型となった。


「その子たちはただの操り人形。慈悲を持たないから、本気で闘わないと誰か死んじゃうかもよ〜?」


 出現した土人形たちは、剣を持っている物、持っていない物と様々であった。その剣にも種類があるようだが、生徒たちにそんなことを確認する余裕は微塵も与えられないようだ。

 困惑する無防備な生徒たちを、土人形たちが躊躇いもなく攻撃し始め、講義室の中は混乱で満ち溢れた。


「クリス!一旦ここを離れるぞ!」


 クリスの手を引き、ジンは慌てて部屋を出るが、そんな二人を追いかけて来る土人形はおらず、彼女は不思議に思った。

 しかし、ジンは逃げることに手一杯だった為、そんなことには一切気づかない。


「おいクリス!あの先生はいったい何者なんだ⁉︎なんの為にこんなことを⁉︎」

「分からないけれども、一度止まりましょう!誰も来ていないわ!」


 その言葉でやっと振り向くことをした彼だが、マリスの意図が理解できることはなかった。自分たちを追う土人形が居ないのは?足が遅いだけか?などと、多くの疑問が浮かぶ。

 一方、講義室に残された生徒たちは、土人形に抵抗しきれる者は少なく、ほとんどの者が気を失い倒れていた。

 多少の血を流す者は居るが、生死に関わるほどではなさそうだ。


「この数は相手できねぇ!サラ、廊下に出るぞ!」

「分かったわ!」

「マリス先生は何考えてんだ⁉︎あれだと本当に死んじまうぞ!」

「でも致命傷は与えられていないわ。やっぱりただの訓練じゃないのかな…?」

「分かんねぇけど、さっさとジンたちと合流しよう!」

「ちょっと、こいつらいつまで付いて来るのよ!」


 二人が部屋を出る頃には、もう既にその場には、マリスの姿は無かった。

 残されたのは、数体の土人形のみ。その足元には、生徒たちが倒れている。



「クリス、それは本当か?」

「ええ、私たちがあそこを出るとき、誰も後を追って来なかったわ」

「他のヤツらの相手をするだけで限界だったとは思えないしな…」

「一度屋上に出て、全体を見ましょう」


 二人は屋上へと足を運び、最後の重たい鉄の扉を開け、中に吹き込もうとする生暖かい風に立ち向かい、外に出る。

 クリスが小走りで端まで行き、目を細めて自分たちが先程まで居た講義室のあるほうを見つめた。

 小さな窓から見えるのは、床に転がる数人の姿。


「何人かやられてるわ…‼︎」

「どういうことだ!あの先生は本当に俺たちを殺すつもりだったのか⁉︎」


 クリスの隣で同じ光景を見たジンは、歯を食いしばり、拳を握った。

(もしかしたらあそこにアキラたちも…‼︎)

 ジャイアントオーガとの戦闘のときのように、彼の剣が何故か不気味なオーラを漏らし始める。

 そこに、自分たち以外の者の足音が一つ近づいて来る。


「こりゃまた、おっかないのを出してるなぁ〜。そんなのを見せられたら、本当に殺したくなるよ〜」


 二人は一斉に振り向き、そこに立つマリスの姿を確認する。彼女は何故か剣を抜いており、ジンも怒りと混乱で震える手で覚悟を決め、抜刀した。

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