第30話 ブランク・フォレスト
リリーの一言に、教室中が騒がしくなる。慌てふためいて、というわけではない。むしろそれは、歓喜と言って良いものであろう。
身体全身で喜びを表すように、ガッツポーズで飛び跳ねる者も居るほどである。
「——さて、もうしばらくして夏になると、バディ戦が始まるのは既に知っているだろう。正式に登録した二人組で出場し、他のバディと闘うというものだ。参加は自由だが、この大会で好成績を残した者たちには、名門ギルドより直接勧誘があるかもしれない。……まぁ、この様子だと参加したいという者のほうが多いか」
まるで、檻の中の飼い慣らされた見世物のようにはしゃぐ彼らの姿を見て、リリーは頭を掻く。
バディ戦は彼女の言う通り、学園にて登録済みのバディで協力し、他の者たちと模擬戦を行うというものだ。
時折、ギルドの
バディを組んでいない者の出場は出来ない為、これを機に相手を探すということもあるようだ。
しかし、この街にやって来たばかりで、更には編入したばかりというジンには、バディ戦というものは初めて耳にする言葉であった。
「クリスは知ってたのか?」
「ええ、有名だもの。この街の一番大きなギルドを設立したのも、バディ戦の優勝者二人なのよ」
「そんなにも凄いものなのか…」
「実力のある人とパーティを組みたい、というのが募りに募って最終的にはギルドになったのよ」
「なるほど…。クリスはどうするつもりなんだ?強制ではないらしいが…」
「私としては、汚名返上の機会として使いたいのだけれども…あなたに
「……俺も気になるし、クリスが良いのなら出てみたいな。自分の実力を知るのに良い機会じゃないか」
「ありがとう。まだ先だけれど、参加登録は私がしておくわ」
「ああ、助かる」
バディ戦という初めての行事に参加することになったが、ジンは自分の右腕のことが気掛かりで仕方がない。まだ始まるまでの時間はあるのだが、原因不明の怪我の回復までにどれほどの期間を費やすのか、検討もつかない。
一抹の不安を胸に抱き、それは焦燥というものにも形を変える。
マリスとの戦闘中、欠けた一部の記憶の間に何かあったのではないか、と彼は考える。
(気がつけば、あの土人形を斬っていたんだよな…。その後にアキラたちが来て助けられたが…もし来なかったら俺たちは殺されていたのか…?)
存在しないもう一つの過去を想像するだけで、強い寒気を覚える。
それを紛らわすかのように、リリーの授業に意識を傾ける。
「今日は歴史についてだ。信憑性に欠ける話だとは感じるだろうが、未来を生きるきみたちには是非知っていてもらいたい。まずは、ブランク・フォレストというものについてだ。別名、白い森と呼ばれるそれは、今から約数百年前に起こったと言われている、一度目の厄災の後に起こった現象だ。雪のように白い何かが森を覆い、魔獣たちを全滅させたらしい。もっとも、この話は現在街に残っている文献によるものであるが———」
心ここに有らず。ジンは、
その額に、一本のチョークが……。
「ジン・エストレア。それほど私の授業が退屈か?なんなら代わりに、きみがしてくれても良いんだぞ?」
「…いえ、大丈夫です。すみません…」
隣から小さくため息が聴こえるが、反応しないことにする。
(投げられる前に、教えてくれても良かったじゃないか…)
クリスは、ジンの太ももを指先で二回ほど軽く叩く。彼が目をやると、差し出されたノートの端には、『板書ができなくても話くらいは聞きなさい‼︎』と書かれていた。その文末には、笑顔の顔文字に怒りマークを付けられた謎のモノも描かれている。
それを見て、彼は渋々授業に集中することにする。
(これだと、怒っているのか笑っているのかよく分からないぞ…)
この後も、信じ難いようなリリーの話を聞き続け、皆が退屈の絶頂を迎えた頃に、タイミング良くチャイムが鳴った。
「——今日の授業は終わりだ。各自、寮での学習に励むように」
「…ん〜、ん…っ!」
隣で小さく声を漏らしながら伸びをするクリスを、ジンはじっと眺める。
手を組んで両腕を上げ、袖からは華奢な手首が覗く。目をぎゅっと
『ふぅ〜』と息をつく彼女だが、自分のことを眺め続けている彼の視線に気づく。
「……何よ。どうかしたの?」
「いや、クリスがそうしているところを、初めて見たな…と思ってただけだ」
「そ、私は今から少し用事があるから。ノートは置いて行くわね」
「ああ、ありがとう。ちなみに今日は、何時頃にクリスの部屋に行けば…?」
「…っ‼︎ば、バカねっ、そんな話はここでするものじゃないわよ…!」
それなら何処でするべきなのか。そう問おうとするジンのことはそっちのけで、クリスはさっさとその場から姿を消した。
取り残されたジンを、遠くの席から見ていたアキラが揶揄いに来る。
「なんだなんだぁ…?痴話喧嘩かぁ?」
「んもぉ、そういうのは無遠慮に触れちゃダメでしょ?これだからアキラは…」
「むっ、デリカシーが無くて悪かったな」
サラに諭された彼は、自分の感情を大袈裟に表現するように、そっぽを向いてみせる。
その視線の先には、ノート片手に一人で講義室を出るジンの姿がある。
(…ほんとに喧嘩したわけじゃねぇよな…?)
そんな心配をされているとは露知らず、彼はうろ覚えのルートを辿り、廊下を進む。曖昧な記憶を頼りに、彼が目指していたのは図書室であった。
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