第24話 ハル・エッセント
授業が終わり、アキラは例の少女のことを話し始める。その場には、サラだけではなくジンやクリスもおり、静かに彼の言葉に耳を傾けている。
サラはその話を退屈だと感じたのか、机に突っ伏し、耳だけを傾けている状態だ。
「ん〜、それってさ、ハルちゃんじゃないの?ハル・エッセント——ほとんど休んでたらしいけど、今日は来てたんだ」
「お前よくそんなの知ってるな…」
「まぁね〜」
サラはブイサインをして、アキラに答える。
(ほとんど休んでたって何か事情があったのか…?まぁ、そんなことより…)
「すまん、トイレ行ってくるわ!」
「またぁ⁉︎あんたさっきも行ってたんじゃないのぉ?」
「別にいいだろ、それくらい!お前だってたまにめちゃくちゃ長いときあるだろ⁉︎」
「………っ‼︎このドアホ‼︎バカ‼︎マヌケ‼︎カスアキラ‼︎」
怒り狂うサラに背中を蹴られて躓いた彼は、地面に顔面を強打するが、それを心配する者は誰一人としておらず、むしろ罪人を見るかのような、もしくは人を騙し陥れる下衆を見るかのような軽蔑の眼差しを向けるほどであった。
「アキラ、今のは絶対にお前が悪いぞ…」
「ジンまで…なんでだよぉ…。って、そんなことよりトイレ、トイレっ」
「はぁ…、もうなんなのよあいつ。ほんっと、デリカシー無いんだから」
これに関してはクリスも苦笑することしかできずにいた。こうして、講義室に残された彼女たちのもとに、見知らぬ二人の女子生徒がやって来て、ジンに声をかける。
付け焼き刃のような無理のある化粧に、少し派手な髪色。サラは彼女たちの行動を見て、眉をしかめた。
「ねぇねぇ、ジンくん。どうしてその子なんかとバディ組んでるの?別に絶対にバディを組まないといけないってわけじゃないんだよ?」
「…確かにそうだな。しかし、だからと言ってクリスと離れるつもりは俺には無いが…」
「どうして?何か弱みでも握られてるの?それなら私たちが助けてあげよっか?」
「クリスはそんなことをするようなヤツではない。あまり彼女を悪く言うのはやめてくれないか?俺の大切なバディなんだ」
「……チッ、何よ、つまんないの〜。なんか冷めちゃったわ、ほら行こ行こ。解散」
わざとらしい舌打ちの後、二人は踵を返し、講義室から出て行く。どうやら、サラの予想は的中していたらしい。
またしてもジンに迷惑をかけてしまった、とクリスは俯く。ここ最近の彼との楽しい時間のせいで忘れてしまっていた。自分が『害虫』であるということを。そして、ジンとは全く釣り合わない存在であるということを。
そんな空気を壊すかのように、サラが明るく振る舞った。まずは、ジンに向けてサムズアップする。
「よく言ったね、ジンくん!クリスちゃんもあんなの全然気にしなくて良いからね?」
「ええ…そうね…」
(努力、しないと…)
その頃、用を済ませたアキラがトイレから出てきた。どうやら、近くのトイレは混んでいたらしく、普段から使用しているものとは別の場所へ行っていたようだ。
「ふぅ、近くのトイレが混んでたからこっちに来たが、ぎりぎりだったぜ…。ここのトイレ使うのは、ジンがアゴハたちに殴られてたとき以来かぁ。そうそう、この窓から外を見たら…って、なんだあれ⁉︎」
初めてジンと言葉を交わした日のことをシュミレーションするかのように、もう一度同じ動きをする。すると、前に彼がやられていた場所に、見覚えのある少女が、男二人に絡まれているのを見つけた。
(どうする…前みたいに正規ルートで外に行くと、ボコられた後に着いちまうぞ…!)
「くっそぅ、こんなの初めてだが…一か八かやってやる!」
同じ過ちを繰り返さぬよう、アキラの選び出した答えは、窓から飛び降りるということだった。彼が現在居るのは二階だが、このような試みは初めてである為、一抹の不安が襲ってくる。
しかし、目の前で誰かが怪我をするのは見てられないという性格の彼だ。勇気を振り絞り、飛び出す。
瞬く間に着地するが、身体中の引き
「思ってた以上に
「あなたは先の…!」
「あぁ、やっぱりお前だったのか、ハル・エッセント。こんな所で何してんだ?」
「えっと……」
言葉に詰まる彼女の代わりに、男が答える。
「教育だよ、教育。その女がオレ様の肩にぶつかってんだぁ…だからよぉ、ちょっっっとだけ、お勉強させてやろうかってなぁ」
「なるほど、ちなみにその授業は俺も受けることはできるか?」
「あぁ?まぁそこまで受けたいなら良いだろう。オレ様は教育熱心だからなぁ。超スパルタでいくぜぇ?」
巨漢の男二人が拳を握り、威嚇するかのように関節を鳴らす。
それに立ち向かおうとするアキラの袖をハルが掴み、止めようとする。
「やめてください、全部私が悪いんです…だから、私なんかの為にあなたがそこまでする必要はありません…」
「これは俺の為だ。実は先の授業はほとんど聞けてなくてな、その代わりにこいつのを受ければ多分チャラになるだろ?大丈夫、実技は得意だ」
「ふんっ、休み時間はもう終わりだぞ、まずはオレ様の熱血を受け止めてみな」
男が殴りかかるが、アキラは難なくそれを躱し、相手の顎を殴って気絶させる。
その様子に怖気付くこと無く、もう一人が飛び出す。
「お前たちの授業は単純過ぎてマジでつまんねぇな。やっぱ、リリー先生の話を聞いておくべきだったぜ」
男の攻撃を躱し、足を引っ掛ける。そして、体勢を崩した相手の背中に思い切り回し蹴りを入れた。それはあまりにも退屈な授業で、アキラはあくびをして、頭を掻いた。
「…お前らは教師には向いてねぇよ」
「ごめんなさい、私のせいであなたにこんなことをさせてしまって…」
「言っただろ、自分の為だって。それに、お前は自分を否定しすぎだ。もっと自分を信じてやれ」
「ですが…ですが、私には何もありません。才能も、力も、何も…。そのせいで幼い頃からよく叱られてきました。私は…私は、兄のように強くはなれませんでした…」
アキラはなんと返すのが正解なのか分からず、言葉に詰まる。彼女の自尊心が低すぎるが故に、どのように励ましても、否定されてしまうということくらいは容易に想像できた。
困惑する彼を見て、ハルが頭を下げる。
「すみません、こんな話をしてしまって…。いいんです、自分が無能なのはよく分かっていますから。今日はありがとうございました、失礼します」
「あっ、ちょっと…!行っちまった…。——兄のように強く、か…」
倒れている男たちは放っておき、彼も急いでサラたちの居る講義室へと戻ることにした。
「ずっと気になっていたんだが、クリスの魔力階級はいくつなんだ?」
「はぁ…それはセクハラよ。初対面の女性に突然スリーサイズを尋ねているのと変わらないわ。私だから良かったものの、今後気をつけなさい」
「そ、そうなのか…すまん…」
「ふふっ、なんてね、冗談よ」
「相変わらずよく分からない冗談を言うんだな…。それで、いくつなんだ?」
「ぎりぎり5よ。ただ、あなたを見ていると、魔力階級なんてものは、ただの数字でしかないと実感してしまうけれどもね…」
二人の会話を聞いていたサラが、何故か口を開いたまま絶句していた。
「どうしたんだ、サラ」
「…いや、魔力階級が5の人って見たことないよ⁉︎それに……サラちゃんって先みたいな冗談言うんだね⁉︎」
「私だって相手さえ居れば冗談くらい言うわよ。そんなに驚くことなのかしら」
「じゃあジンくんは、冗談を言う為の大切な相手ってことだね!」
「た、大切ってそんな…っ、サラさんは大袈裟過ぎるのよ!」
クリスはそっぽを向き、頬いっぱいに空気を含ませた。
「冗談を言う為の、って…。俺はいったいなんなんだ…」
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