第23話 下を向いた少女

「ふぅ〜、すっきり、すっきりぃ」


 授業が終わり、すぐさまトイレへと駆け込んだアキラが、ハンカチで手を拭きながら外へ出てくる。

 そのトイレは階段のすぐ側にあり、小走りで上ってくる足音がアキラの耳に入るが、用を足した後の爽快感で満たされた彼はそんなことは一切気にしていない様子であった。

 その足音は次第に彼の方へと近づいていき、とうとうアキラは見知らぬ少女と衝突してしまった。

 尻もちをつき、その拍子に、抱きしめるかのように持っていたプリントたちをばら撒いてしまった彼女は慌ててかき集め始める。


「すみません…私の不注意で!」

「いやいや、足音聞こえてたのに避けれなかった俺が悪いって。ほら、これで全部か?」

「私のせいなのに拾ってくださり、ありがとうございます。私なんかの為にこんな…!」

「お互い様だったってことで、そんな謝らないでくれよ」

「すみません、ありがとうございます。それでは私急ぎますので…!ごめんなさい…!」


 そのまま去って行く少女の後ろ姿を眺め、アキラは首を傾げる。

 黒ではないが、暗い色のした髪で眼が半分以上隠れてしまうほど前髪を伸ばし、丸い眼鏡を掛けた少女。それに一切見覚えが無かったのだ。何処かですれ違ったという記憶も彼の頭の中には無かった。


「やけに謝る子だったな…。にしても、あんな子見たことないぞ…?まさかジンと同じ編入生…なわけねぇか」

「アキラ、こんな所で何やってるんだ?」

「おぉ、ジンか。今ちょうどお前の噂話をしてたとこだ」

「…一人でか?まぁなんでもいいが、早く戻らないと次の授業が始まるぞ」

「だな、さっさと戻るか」


 後ろ髪を引かれる思いで、彼は講義室へと向かった。

 


「魔法とは、空気中にある魔力に我々が干渉することで発動できるものだ。魔素とも言うのだが、これを上手く扱うのに必要なのは、知識とイメージだ。まずは発動したい魔法を想像してみることが、新しいものを覚える際には重要となる。…それで、だ。きみたちには、まず治癒魔法を覚えてもらう。負傷者が出た際、必ずしもその場に医療師が居るとは限らない。最低限の応急手当てくらいは、自分で行えるようになってほしい」


 そのリリーの言葉で、クリスが何かを悔やむかのように拳を握った。彼女の頭には、未だに先日の出来事が根強く残っているのだ。

(あのとき、私が治癒魔法を使えていたら…)

 隣に座るジンは、そんな彼女の姿を見て何を考えているのか容易に理解することができた。

 彼女を気にかけて視線を送るジンだが、周囲の席の者たちからは冷たい視線が送られている。この二人が揃うことに関しては、未だに不満を漏らす女子生徒たちが後を絶たないのだ。


「ねぇ、知ってる?魔窟調査のときにジンくん大怪我したんだってさ…。彼が傷つくくらいなら、ヴァーミンが身代わりになれば良かったのに」


 本人は、授業中であることを考慮してできる限り声のボリュームを絞っている様子ではあったが、そんな心無い言葉は、しっかりとジンやクリスの耳へと届いていた。

 クリスは更に強く拳を握りしめ、歯を食いしばった。

 そんなことには気づかずに、リリーは続けて治癒魔法について必要な知識を講義する。生徒たちがそれに集中し、ノートに次々とメモを取る中、アキラだけはそうではなかった。

 上の空の彼に、サラが声を限界まで絞って注意する。


「ちょっとアキラ、何ぼーっとしてんのよ!アキラ、聞いてるの?」

「あっ、すまん、なんだ?」

「あんたが考え事なんて珍しいわね。何かあったの?」

「いや、なんでもねーよ、気にするな」

「なんでもないのにそんなぼーっとする人が居るのかな?」


 サラに耳を引っ張られ、アキラは声を必死に抑えながら悶える。


「いてぇな!…これが終わったら教えるから待ってろ!」

「そこ、静かにしろ!授業中だぞ!治癒魔法を怠ると痛い目に遭うぞ!」


 二人のやり取りをリリーが叱り、彼らは慌てて口を塞ぐ。それを見た周りの生徒たちはクスクスと笑い、それが余計に羞恥心を覚えさせる。


「お前のせいだからな!お前が耳を引っ張るから!」

「何よ!あんたがぼーっとしてるのが悪いのよ!バカアキラ!」

「何度言えば分かるんだ!静かにしないか‼︎」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る